35 ダンジョンを攻略してみた⑨

 コツコツコツ、と石の階段を踏みしめる靴の音が響く。

 ゴーレムを倒したリリアとメイスイは現れた階段を下りて次の階層に向かっていた。

 ふと冷たい風が肌をなでる。


「なんだか少し寒いですね」


 リリアが呟く。

なんだか気温が下がってきたように感じたのだ。

腕をさすりながら進む。

 そのまま階段を下りていくと、次の階層にたどり着いた。

 4つ目の階層は洞窟であった。しかし、1つ目の階層とは異なり壁や床、天井は岩でできている。また、地面には上から滴り落ちる水滴によって小さな水たまりができており、空気もじめじめとしていた。

 そしてもう一つ、他の階層とは明らかに違う特徴。

 それは、階段を下りて目の前に大きな扉があるということであった。

 自分の伸長の2倍はありそうなその扉をリリアは知っていた。

 ダンジョンのボスの部屋への入り口だ。

 これも旅動で得ただけの知識であるが、ダンジョンの最下層には必ずこう言った扉があり、その扉の先には強い魔物が待ち構えているのだ。その魔物はそれまでの魔物よりもかなり強いため、挑む前にはそれ相応の準備をしていかなければならない。


「メイスイさん、この先がきっと最後のボスです」


「そうだね」


 そう言葉を交わす。

 リリアとメイスイはゴーレムを倒した後に休憩をはさんでいるため、もう挑んでもいいだろう。

 とはいえ、何があるかわからないのであらかじめ支援魔法をかけておいた方がいいかもしれない。

 そう考えリリアは、メイスイには身体能力上昇、魔法攻撃力上昇、防御力上昇、魔法耐性力上昇、回復力上昇の支援魔法を、自分には身体能力上昇、防御力上昇、魔法耐性力上昇、回復力上昇の支援魔法をかけておく。

 しばらくの間続くように強めにかけておいたので普通よりも聖力を消費したが、さっきの休憩で回復していたのでまだまだ残っている。

 さあ、これで準備は完了だ。遂にダンジョンのボス攻略である。

もちろんどれだけ強い魔物が出てくるのかわからないため恐怖もあるが、リリアはそれ以上にワクワクしていた。今まで旅動で見てきた動画のクライマックス。それを実際に肌で感じることができるのだ。


 「さあ、行きましょうか!」


 そう言って、リリアが扉を押す。

 重そうに見えたそれは案外簡単に開き、中が明らかになる。

 中は真っ暗であった。

 何があるのだろうと思いリリアは腰に付けたランプの明かりを強くして中へと一歩踏み出した。

 突如、バタンッ、と音がする。

 振り返るとくぐってきたばかりの扉がひとりでにしまったようだ。

 そして、扉の両側にあるランプに明かりがともったかと思うと、さらにその横の明かりがつくというように部屋の奥のランプまで連鎖的に明かりがついていき、部屋の構造が明らかになった。

 そこは扉の前の空間と同じような雰囲気の場所であった。さらに、奥の方には大量の水が張られた場所がある。

 しかし、それだけであり魔物は何もいない。

 リリアはその水がためられた場所に近づくと覗き込む。

 ただの大きな水たまりかと思ったが、底は見えない程深い。大きな穴に大量の水が溜まっているというような感じであったらしい。

 突然、地面が揺れる。

 水に落ちないように踏ん張りながらリリアは扉の方へと戻る。

 揺れは大きくなっていき、そして次は水に水紋ができたかと思うとそこから何かが飛び出した。

 水を周りにまき散らしながら現れたそれを見る。

 蛇の様に長い体に、暗い青色のウロコ。ドラゴンに似た顔立ちに、そこに付いた大きなえらのようなもの。全長30mはありそうな巨大な体。


「あーリヴァイアサンか」


 メイスイが言う。

 リヴァイアサンというといくつかの書物に記されていたのを読んだことがある。確か海に住み着き、ときに漁業や悪いときには近くの街に大きな影響を及ぼす危険な魔物である。

 出現した場合には王国騎士団が総出で対応したという記録も残っているほどだ。

 地上に顔を出したリヴァイアサンはこちらに気付く。そして、口を開けると大きな水球を作り出した。

 水魔法である。

 水球がある程度大きくなると、そこからものすごい勢いで水が射出された。

 リリアとメイスイはしばらく連続的に放たれていた水を動き回ることで何とか回避する。

 いったん攻撃がやんだときに水が当たった場所を見ると、地面の岩が30cmくらい掘れていた。

 これはきっと、水とはいえど直接当たったのなら確実に致命傷になってしまうだろう。


「とても強そうな魔物ですね」


 リリアはメイスイに言う。

 これまでの階層のボスとは比べ物にならない強さだ。

 気をしっかりと引き締めなければすぐに足元をすくわれてやられてしまうだろう。

 しかし、メイスイはとてもリラックスした様子であった。


「いや、そんなことないよ」


 リラックスしたメイスイが言う。

そう言うのなら何か策があるのだろうか。

そう思いつつもリリアがリヴァイアサンに注意を戻すと、次の攻撃をしようと再度水球を大きくしていた。

また、同じ攻撃であろう。集中してしっかりと避けなければならない。

リリアが身構える。

しかし、メイスイは、


「まあ、見ててよ」


と言うとリヴァイアサンが水球を大きくするのに合わせて自分も口の周りに魔力を練っていく。

水球が十分大きくなりリヴァイアサンが水をものすごい勢いで射出する。

メイスイがそれに対抗するように魔法を解き放った。

氷魔法である。

リヴァイアサンが放った水魔法とメイスイが放った氷魔法は空中でぶつかると強い風を生み出した。

まきあがる砂ぼこりから顔を守りながらリリアは戦いを見る。

魔法は空中でぶつかったまませめぎあっていた。

リヴァイアサンがさらに力を籠める。

少しメイスイの方に水魔法が迫る。

しかし、メイスイは余裕の表情のままに仁王立ちになると、同じように力を込めて氷魔法の威力を強めた。

すると、氷魔法は水魔法を押し返し、どんどんとリヴァイアサンの方へと迫っていく。そして、ついに耐え切れなくなったリヴァイアサンに氷魔法が直撃した。

 辺りに白い空気が立ち込めて急激に気温が下がる。

 少しの静寂が訪れた。

 白い空気が段々と晴れていき、リリアはリヴァイアサンがいた方を見る。

 そこには氷漬けにされ微動だにしなくなったリヴァイアサンがいた。何なら水までが全面凍ってしまっている。

 そして、ピキッという音がしたかと思うと凍ったリヴァイアサンは粉々に割れて消えていってしまった。


「まあ、こんなもんだよね」


 ドヤ顔をしたメイスイが悠々とこちらに歩いてくる。


「もっと苦戦するかと思っていましたが…一瞬でしたね」


「まあね。あいつより僕の方がはるかに強いから当然の結果だよ。むしろ面倒くさくなかった分、他の階層で戦ったボスよりも簡単だったかな」


「そうでしたか…」

 

あまりの一方的な戦闘の終結にリリアは思考があまり追い付いていなかった。

 なんというか本当にあっという間だった。

 もちろんメイスイが強いということは十分知っているつもりでいたが、まさかあのリヴァイアサンを一撃で倒すほどだとは思っていなかった。改めてメイスイの強さを実感させられた。

 ゴゴゴゴゴゴ、といつもと同じ音がする。

 見ると凍った水たまりの向こう側に壁が出現して開いていた。その扉まで行けるように水たまりの上には橋ができているが、凍っているからいらなかったかもしれない。


「きっと出口だよ。さあ行こうか」


 メイスイがせかしてくる。

 その顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 今までの面倒くさかったボスと比べ、リヴァイアサンは力任せに倒すことができたからとても楽しかったのであろう。

 リリアはせかされるままに扉へと歩いていった。

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