26 故郷に帰ってみた⑦

「さて、リリア。話を聞きましょうか」


 夕食を食べ終わったリリアは孤児院にある院長室に来ていた。

 テーブルをはさんでロキアと向き合う形で、メイスイと並んで椅子に座っている。


「それで聖女を辞めたという話は本当なのですか?」


 ロキアが真剣な目で聞いてくる。


「はい、本当です。大体一か月前くらいでしょうか。私より聖力の強い貴族の方が見つかったとかで、国王様から聖女の退任を命じられました。今はシンシアさんという方が聖女をしています」


「やはり私の聞き間違いではなかったようですね」


 ロキアがため息をつく。


「あなたに後悔はないのですか?」


「心残りがないといったら嘘になるかもしれませんが、少なくとも後悔はありません」


「このことをマルコス様は?」


「おそらく知っているんじゃないかなと思います。ちょうど地方に視察へ出かけられている最中でしたので、確実とは言えませんが」


「そうですか」


 ロキアが立ち上がり近づいてくる。そして、自分の胸の中へリリアを抱き寄せた。


「リリア、聖女のお務めご苦労様でした。あなたの頑張りはこのあたりにもずっと聞こえてきていましたよ」


 ロキアが優しい声で言った。

 リリアもロキアを抱きしめ返す。

 頑張った。

 昔からお世話になっていた人のその言葉は本当に心に刺さる。

 それだけで、今まで頑張ってきてよかったと心の底から思えるほどである。


「まあ、とはいえもう少し早く伝えてほしかったですがね。あなたのことですからどうせ忘れていたんでしょう」


 ロキアが自分の椅子に戻りながら言う。

 リリアは苦笑いをした。本当に何もかもお見通しだ。

 椅子に座ったロキアが話を元に戻す。


「今の聖女様、…確かシンシア様と言いましたね。聖女は聖力の多少だけでは務まらないことをあなたも知っているでしょう。彼女は大丈夫そうなのですか?」


 聖女が併せ持たなければならない素質というのは実は聖力だけではない。そして、その内のどれか一つでも持たないものがあれば聖女という座は決して務まらないのだ。

 ロキアはそのあたりを心配しているのでしょう。


「実際には見ていないのでわかりませんが、枢機卿であるイルビッヒ様が認めたということでした。なのできっと大丈夫だと思います」


「王家はしばしば民のことを蔑ろにする一面がありますから、自分の私利私欲のためだけに聖女を変えたのではないかとも思いましたが……まあ、今となっては問題が起こらないことを願うしかないですね」


 たしかに自分を追い出すときも散々、平民のくせに、みたいなことを言っていた気がする。旅に出られることがうれしくてあまりちゃんと聞いていなかったのだが。

 まあ、とにかく決定に教会側が関わっているのなら問題はないだろう。


「さて、次はあなたと一緒にいるメイスイ様について聞きましょうかね。どうしてあなたと一緒にいるのですか?」


 ロキアがメイスイの方を見ながら言う。

 そういえばここに来た時にメイスイの正体が妖狐だと気づいていたのだった。


「メイスイさんはですね、最近ローディアの近くの村で会いました。一緒にゴブリン退治をしたら、共に旅をすることになったんです」


「そうそう、リリアってばなんか面白そうだったんだもの。それじゃあ付いて行くしかないよね。それに、動画さ――」


 メイスイの口をリリアが塞ぐ。


「どうしたのですかリリア?」


「いえ、なんでもありません!」


 一緒についていくことになった経緯は話してもいいが、動画撮影をしていることは秘密だ。

聖女を辞めてすぐに動画投稿者になりましたなんて言ったら、ロキアになんて言われるかわからない。


「まあ、いいでしょう。経緯はわかりました。ときにリリア。あなたは妖狐様がどういう存在か知っているのですか?」


「いえ、名前しか知りませんでした」


「やはりそうですか」


「逆にロキア先生はなぜ知っているのですか?今まで会ってきた人たちはみんな知らなかったのに」


「それはですね、古い書物に書かれていたからですよ」


 ロキアが話し出す。


「この孤児院を併設する教会には多くの書物がありますが、その中でもかなり古い書物に書かれていたのですよ。著者はわかりませんが日記のような本です。そこでは妖狐様のお姿とともに、一緒に旅をして色々な所を回ったこと、困っている人を助けたことなどなどが記されていました。そこからは妖狐様が慈愛に満ちた素晴らしいお方であることが見て取れましたよ。まあ、これほど小さい方であったことには驚きましたが」


 その話を聞き、リリアはメイスイを見る。

 昔は語られるほどすごいことをしていたのだろうか。確かに崇められていたとは言っていたような気がする。

今の食い意地を張りベッドを好む、人間の生活に毒された姿からは全く想像ができない。


「小さいのは変化の魔法を使ってるからだよ。僕は本当はもっと威厳のある姿なんだ。ああ、それと、もしかしたらその本、エクメアの日記じゃないかな」


 メイスイが口をはさむ。


「エクメアというと、約100年前にいらっしゃった大聖女エクメア様のことですか」


「多分そうだと思うよ。まあ、大聖女だったかどうかはわからないけど、確かに聖女だったし。彼女僕に隠れて何か書いているようだったし、それが君の言う本じゃないかなあ」


 そう言えば、最後に人間と関わったのは100年くらい前の聖女だったと言っていた。それが大聖女エクメアのことなのだろう。

 それにしても、旅をしたり人助けをしたりと、今も昔もメイスイがやっていることは変わらないようだ。


「そうですか。あれはエクメア様の日記だったのですね」


 ロキアが何か納得したようにうなずいた。


「リリア。とにかく言いたいことは、メイスイ様は大聖女様とも旅をされたとても高貴なお方なのです。決して粗相があってはいけませんよ」


 リリアの方を向きロキアが言う。

 といってももう遅い。

最初にフォレストフォックス扱いしたばかりか、今やそのモフモフを堪能させてもらっているのだ。粗相がないようになど、これまでもこれからも無理な話である。

 隣のメイスイを見ると、ほら見ろ僕は高貴なんだぞ、と言わんばかりにドヤ顔で胸を張っている。

そもそも、モフモフな体でこういう可愛いしぐさをしているからいけないのだ。


「はい、わかりましたロキア先生」


 とはいえロキアにはそう言っておいた。


「さて、少し話過ぎましたかね。ここまで来てきっと疲れているでしょう。今日はもうおやすみなさい。開いている部屋を貸してあげますから」


「ありがとうございます!」


 ロキアに案内されリリアは院長室から出ていく。

 ちなみにメイスイはまだドヤ顔のままであった。

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