25 故郷に帰ってみた⑥
リリアとロキアはしばらく抱き合った後離れた。
「改めてただいま戻りました、ロキア先生」
「ただいま戻りましたじゃないですよリリア。まったく、びっくりしたじゃないですか」
ロキアがずれた眼鏡を元に戻しながら言う。
「そういえばリリア、聖女の務めはどうしたのです?」
やはり突っ込まれるところだろう。
でも、それを言いにローディアからソクルまで来たのだ。思い切って今言ってしまおう。
「聖女はやめました」
「はい?」
「なんでもより適任な方が見つかったそうで、私はもう引退していいそうです。なので今は旅をしています」
目の前でロキアが固まっている。やはり突然、思いがけないであろうことを言ったのがいけなかったようだ。
ロキア先生、と呼びながらリリアがロキアの顔の前で手を振る。
しばらくすると、突然機能がオンされた魔導具の様にロキアが動き出た。
「聖女を辞めたってどういう…いやそれは後で聞きましょう。」
いったん冷静になろうというようにロキアが軽く頭を振る。
「それより今日の宿は決まっているのですか?」
「まだ決めてないんです」
「そう言うと思っていました。あなたは昔から行き当たりばったりな所がありましたから。では今日はここに止まっていきなさい」
「ありがとうございます!」
ロキアが扉を大きく開け中へと入れてくれる。
「あら、そちらの狐はリリアの知り合いですか」
リリアと一緒に孤児院の中に入ろうとするメイスイを見てロキアが言う。
ちなみに町の中だから小さい状態である。
「はい。こちら一緒に旅をしている仲間のメイスイさんです」
「ただの狐だなんて心外だなあ。まあいいや、僕はメイスイだよ」
ロキアはしゃべったメイスイに一瞬驚いたかと思うと、顔を近づける。
今までにない反応だ。
「もしかして…妖狐様ですか」
ロキアの口から妖狐という名前が出る。
なんとロキアは妖狐のことを知っているらしい。
初めてメイスイのことを妖狐だとわかる人に出会った。
「おっ、やっと僕のことを知ってる人間に会えたよ。さすがリリアの先生だね」
「なぜ、リリアが妖狐様と一緒に?…まあそのあたりも後で合わせて聞きましょう。取り敢えずついて来てください」
ロキアが先導してリリアたちを奥へと案内してくれる。そして、奥の部屋の扉を開け中に入っていった。
リリアたちもそれに続いて部屋の中へと入ると、そこでは十人前後の子供たちと一人のシスターが夕食を食べていた。
「ロキア先生何があったの?……あっ!リリアお姉ちゃん!?」
子供たちの何人かがリリアの元に駆け寄ってくる。
その顔には見覚えがあった。
リリアが孤児院にいたころに一緒に暮らしていた年下の子たちだ。5年が経ちみんな背が伸びて大きくなっている。
「お久しぶりです、皆さん。5年ぶりですね」
「リリアお姉ちゃん久しぶり!急にどうしたの!?」
「今日はロキア先生に報告をしに帰ってきたんです」
「ていうか、なんか話し方変わったね」
昔を知る子に話し方についてつっこまれる。
たしかにここにいた頃はお転婆だったし、話し方ももっと砕けた感じだった。
しかし、聖女になって教育を受け、色々な人に会うようになってからは敬語を使うようになった。そんな生活が長かったからすっかりどんな人にも敬語を使うのが癖になってしまったのだ。
突然、パンパンと手をたたくような大きな音がする。
「皆さん、今は夕食の時間ですよ」
声の方を見ると、ロキアが立っていた。どうやら手をたたいたのは彼女だったようだ。
それを聞いた子供たちは自分の席へと戻っていく。
「リリアも私の席の前に座って待っていてください。今夕食を持ってきますから」
そう言われたリリアは、食べかけのご飯が乗ったお皿が置いてある席の前に座る。ここはいつもロキアが座っていた場所だ。今も変わらず部屋全体を見渡せるこの位置でご飯を食べているようである。
メイスイは椅子に飛び乗り、リリアの隣に座った。
それにしてもロキア先生にはかなわないな、とリリアは思う。
何も言っていないのに夕食を食べていないことまで看破されてしまった。さすがリリアの世話を長年やってくれていただけはある。
しばらく待っているとロキアがお皿の乗ったプレートを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言いそれを受け取る。
自分の前に置かれた夕食を見てリリアは懐かしく思う。
決して豪華ではない。孤児院の料理なのだから当然だ。しかし、バランスがよく考えられたそれからは作ってくれた先生たちの想いが見て取れる。
「メイスイ様はどうされますか?」
「僕もリリアと同じものでいいよ」
メイスイがそう答えるとロキアは同じ料理を持ってきてくれた。
目の前に置かれるとすぐにメイスイはそれを食べ始める。
なんか最近食い意地を張るようになっている気がするのは気のせいだろうか。本来なら妖狐は食事はいらないはずなのに。ベッドのことといいすっかり人間の生活に影響されているようだ。
夕食の準備をし終えたロキアはリリアの前に座り、食べかけだった夕食を再開した。
リリアもいただきますと言い食べ始める。
野菜のスープをスプーンですくい一口飲む。
これである。
多分一般的なものに比べたら少し塩味が薄いスープであるが、これこそがリリアの慣れ親しんだ味である。
具に関しても、昔と変わっていなければ子供たちが畑で自ら育てたものであろう。
懐かしい場所。懐かしい味。
それらを楽しみながらリリアは夕食を食べ進めていった。
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