21 故郷に帰ってみた②

「メイスイさん、今日はこの辺で休みましょう」


 走るメイスイにリリアがそう声をかける。

 ローディアを出発してからもうだいぶ時間が経過していた。日が傾き、あたりが赤くなり始めている。


「えー、まだ明るいじゃん。もう少し進もうよ」


 メイスイが反対する。

 どうやら早くソクルに着きたいようだ。

 まあ、たぶんソクルに早く行きたいわけではなくて、早くベッドのある所に行きたいだけなのだろうが。


「完全に暗くなってからじゃ野営の準備ができませんし、魔物も危ないですから」


「しかたないなあ」


 メイスイはしぶしぶ従ってくれる。

 こうやって意見が合わないことも度々あるが、なんだかんだ折れてくれることが多いので、優しいなとリリアは常々思っていた。

 メイスイが徐々に速度を落としていき止まった。

 しゃがんでくれるのを待ちリリアはその背中から降りる。

 取り敢えず、この道のはずれ辺りで野営ができる場所を探さなければならない。

 そうしてメイスイと並んで歩きながら探していると、適した場所が見つかった。

 辺りがいい感じに開けており、テントも張れそうである。それに焚火をした後があるから、ここを通る人の野営場所になっているのだろう。


「では、私はテントを張るので、メイスイさんは落ちている枝を探してきてくれますか?」


「わかったよ」


 そう返答しメイスイは森の中へと枝を探しに行った。

 そのうちにリリアはウキウキしながらテントの設営を始める。

 野営は初めてではない。聖女として遠くに行くことはあったから、その道中で何度か経験がある。

 しかし、そのときは騎士や神官などたくさんの人が一緒にいたのだ。野営の準備も基本的に彼らがやってくれていた。そのため、自分で準備をした経験はなかった。

 だから、いま、前は見ているだけであったことを実際に自分でできるという事がとても楽しみであった。

 カバンから取り出したテントを地面に置き、前の野営を思い出す。

 たしかテントを張ってくれていた騎士たちは四隅を釘のようなもので固定していた。そして、そのときにはその辺のちょっと大きい石を使っていた気がする。

 そうやって思い出しながらリリアはテントの設営を進めていった。


「ふう、何とか出来ました」


 額の汗をぬぐいながら張ったばかりのテントを見る。

 なんだか布に張りがなくよれているような気もする。騎士たちが張っていたものとは何かが違う。

 でもまあいいだろう。初めてにしてはよくできた方だ。


「持ってきたよ」


 後ろから声がする。

 振り返るとそこには口いっぱいの枝を咥えたメイスイが立っていた。


「ありがとうございます、メイスイさん。枝をください」


「どうぞ」


 メイスイから枝をもらい、それを焚火の形に組み立てる。

 これも昔騎士たちがやっていたものの見よう見まねである。

 組み終えたリリアは鞄から魔導着火機を取り出す。

 あとはこれで火をつければ焚火の完成だ。

 そう思い着火機に火をつけるとそれを真木の方へと近づける。

 しかし、なかなかつく気配がない。しばらく試してもなかなか火が付かない。ついたとしてもすぐに火が消えてしまうのだ。


「どうしたの」


 メイスイが聞いてくる。


「薪に火が付かないんです。騎士さんたちは確かにこうやっていたんですが…」


「そっか、じゃあちょっと離れてて」


 そう言われリリアは焚き木から離れる。

 メイスイは口をすぼめたかと思うと、口の先に魔力を込める。そして、息を吹くと小さな火が薪の方へと飛んで行った。

 火がぶつかった薪は燃え広がり、焚火となる。


「ありがとうございます!」


「まあ、こんなもんだよね」


 メイスイが胸を張る。

 基本的に聖魔法しか使えないリリアには魔法で火をつけることはできない。

 だけどメイスイは炎系の魔法を扱えるようだ。この前のゴブリン退治では雷の魔法を使っていたようだし、一体どれだけの魔法を使えるのだろうか。

 とにかく、火をつけることはできた。

 これで大体野営の準備は完了したのではないだろうか。


「では、メイスイさん。少し早いですが夕食の時間にしましょうか」


「おっ、いいね」


 鞄から食べ物を取り出す。

 串肉に果物、野菜。

 すべてすでに調理されたものかそのまま食べられるものである。

 リリアは今まで料理というものをしたことがなかった。

孤児院にいた頃は小さかったので、先生や自分より年上のお兄さんやお姉さんがやってくれていた。聖女になってからは屋敷に専任の料理人がいたからなおさらしたことなどない。

だけど、自分で料理できなくても何も困らない。出来合いのものは調理しなくていいから楽だし、何よりおいしい。それに作ってくれる人はこの世にごまんといるのだから同じ料理でもちょっと違った味を楽しむことができるのがいいところだ。

ただ、自分で作るのも出来立てが食べられるし、野営っぽい感じがする。

だからいつかは自分でも作ってみたい、とリリアは思っていた。


「メイスイさん、どうぞ」


 リリアは鞄から出したそれらをお皿にのっけてメイスイに渡す。


「ありがとう」


 小さくなったメイスイはそれを受け取り、食べ始めた。

 以前聞いたところ、妖狐は空気中の魔力から栄養を得ているとかで、直接食事をとらなくてもいいそうである。

 ただ、空気中の魔力ではお腹は膨れても、おいしいものを食べたいという欲は満たされないらしい。

 だから、メイスイもリリアと一緒に食事をとることになっていた。

 ちなみに、小さい体になるのは、『その方が少ない量でもお腹一杯になったような気がするからね』という理由からだそうである。


「いただきます」


 そう言ってリリアも食べ始める。

 やっぱりおいしい。

 街の中で食べておいしかったから買っておいたものであるが、本当に当たりであった。

 リリアは夢中で食べ進める。

静かな時間が訪れる。

昨日までは街の中で食事をしていたから周りに人もいたし、二人の間に会話がなくてもあたりが静かになるなんてことはなかった。

だから何となく気まずさを感じてしまう。


「そう言えばメイスイさんは今までどんな暮らしをしていたのですか?」


 沈黙に耐えられなくなり、リリアが口を開く。


「急だなあ。前にも言ったけど、いろんなところを転々としてたんだよ」


「行く先々では何をしていたんですか?」


「そうだね。心地よいお昼寝スポットを見つけたらしばらくそこで暮らしてみたり、昔は魔物の住処に行って荒らしてみたりもしたなあ」


「そうなんですね。人間と関わったりとかはしなかったのですか?」


「それはあんまりなかったかな。最後に関わったのは確か…100年とちょっと前だったと思うよ」


 そう言うメイスイの顔が少しだけ暗くなる。


「そのときに会ったやつも聖女でさ、君みたいに変な奴だったよ。まあ、すぐに死んじゃったんだけどね」


「そうだったんですか…」


 沈黙していた空間を明るくしようとしたら、逆に暗くなってしまった。


「まあ、それからはまた人間とは関わらなかったんだけど、また君みたいな面白いのに会えたからね。たまには人間とも関わってみるもんだね」


 ごちそうさまでした、といいメイスイがお皿を返してくる。

 ちょうど食べ終わったリリアはそれを受け取り、きれいな布で拭いた後に鞄にしまう。

 辺りはもう暗くなっていた。

 

「さて、夕食を食べたことですし、寝る準備をしましょうか。その前に…」


 リリアが手を胸の前で組み、呪文を唱える。

 すると、ちょうど野営地がすっぽり入る大きさの結界ができた。


「わあ、すごいね。さすが元聖女」


 メイスイが感嘆の声を上げる。

 魔物対策の結界である。これくらいの小ささなら中に魔物が入らない効果を発揮してくれるだろう。

 かなり強い魔物なら通れてしまうかもしれないが、こちらには心強い味方のメイスイがいるのだ。万が一の時でも何とかなると思う。


結界を張り終えたリリアはテントの中に入る。

そして鞄の中から寝袋を出して敷いた。

メイスイ用にはふかふかのタオルを敷いてあげると、小さいままその上に乗り丸まった。


「おやすみなさい」


「おやすみ」


 そう言葉を交わし、リリアは睡魔へと体を預けたのであった。

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