17 【報告】新しい仲間が増えました⑥

リリアとメイスイは討伐の報告をしに村へと向かっていた。

しかし、リリアはふと気づく。


「メイスイさん。こんな大きな体の生き物が来たら村の人たちは怖がるんじゃないでしょうか」


「いやいや、僕は高貴な生物だよ。そんなことあるわけないじゃん」


 そうは言うものの、妖狐だとわかる人はまずいないだろう。リリアだって言われるまでわからず、なんならフォレストフォックスと間違えたのだから。それに、そもそも妖狐を知っている人ですら少ないのだ。


「とはいっても妖狐だとわかる人は少ないと思いますよ」


「本当に最近の人間は僕に対する敬う感情とかないわけえ…」


「仕方ないので、メイスイさんはここで待っていてもらえますか?」


 メイスイが嫌そうな顔をする。

 この僕を待たせるなんて、という感情が伝わってくる。

 しかし急に、そう言えば、という顔をすると言った。


「わかったよリリア。じゃあこれならいいよね」


 メイスイがその場で飛び上がり宙返りをする。

 その体を薄い煙が包み込んだかと思うと、そこにあの巨体はいなくなっていた。

 どこに行ったのだろうとリリアがあたりを見回すと、


「リリア、ここだよ」


 と足元から声がする。

 声の方を見ると、そこにいたのは抱きかかえられるサイズになった狐であった。


「…メイスイさん?」


「そうだよ。どう?僕くらいになればこんな変化の魔法なんてちょちょいのちょいさ!」

 突然リリアがメイスイを抱きかかえる。そして、その体に思いっきり頬ずりをした。


「ちょっと!?リリア!何してるのさ!?」


「なんてかわいらしいのでしょうか!」


 リリアはメイスイの問いかけを無視してモフり始める。

 リリアは実は動物などかわいいものが好きである。特に柔らかい毛が生えた小動物はとても好きであった。だから、街中で猫とかを見かけるとどうしても触りたいという欲が心の底から湧き上がっていた。

 しかし、聖女の頃はそんなことできなかった。聖女というのはイメージもとても重要なのだ。


「ちょっとやめてよ!」


 そう言いながらメイスイは前足でリリアの顔を押し、離れようとする。

 その足裏も気持ちがいい。

 ある程度堪能したリリアはメイスイを開放する。


「これなら村に一緒に行っても大丈夫そうですね」


 リリアが満面の笑みを浮かべながら言った。


「リリア、君さあ、僕のことをペットか何かだと思ってない?」


「まさか、そんなことありませんよ。ただモフモフしているのがいけないんです」


「本当に君、聖獣の扱いがなってないよ…」


 メイスイが半分あきらめたような、呆れたような顔をする。


「さて、じゃあ村に行きましょうか」


 リリアは小さくなったメイスイを連れて村へと歩き出した。

 村の近くに来ると、村を囲む策の前で誰かが待っているのが見える。

 近づくと村長とラズであった。


「リリアお姉ちゃん!」


 こちらに気付いたラズが走ってくる。


「よかった!調査に行くだけなのになかなか帰ってこないから心配したんだよ!」


 続いて村長もゆっくりと歩きながら近づいてくる。


「リリアさん。本当に良かったです。病気の原因の調査までお願いしたばかりに、命の恩人様を亡き者にしてしまったのではないかと心配しておりました」


「村長さん、心配をおかけしました」


「本当に無事でよかったです」


 ところで、と村長が言う。


「調査の方はどうでしたか?」


「はい、大本の原因はやはりゴブリンでしたので、退治しておきました」


「そうですか」


「ですのでもう安心ですよ」


「それは本当にありがと…ええっ!」


 村長の目が驚きで見開かれる。


「ゴブリンの討伐までしてくださったのですか!?」


「はい!といっても実際に倒したのは私ではなくてこの子ですけどね」


 そう言い、リリアは足元にいるメイスイを抱きかかえる。


「こんな小さい獣が…フォレストフォックスですかな?」


「ちょっと!僕はフォレストフォックスじゃなくて妖狐!」


 突然しゃべりだしたメイスイに驚き、村長が腰を抜かす。

 見ると隣のラズまでもが腰を抜かしてその場に座り込んでいた。


「い、いま、この獣がしゃべりましたかな…?」


 村の人を驚かせてしまうといけないからと小さくなってもらったのに、結局しゃべったことで驚かせてしまった。

 よく考えてみれば普通魔物は言葉を話さない。より高位のものだとしゃべる魔物もいると聞いたことはあるが、そんなの普通近くにはいないものだ。

 リリアはさっきから普通にメイスイと話していたから、その感覚をうっかり忘れてしまっていた。


「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね。この子、フォレストフォックスじゃなくて妖狐らしいんです」


 村長に手を貸し立つのを助けながらリリアが言う。


「妖狐ですか?聞いたことありませんが、しゃべることができるという事は高位の魔物なのでしょうね」


「本当に今の人間は僕のことを知らないのか。昔はあんなにみんな僕のことを知っていてくれたのに」


 腕の中のメイスイががっかりした顔をする。

 どうやら昔は妖狐のことを知っている人がたくさんいたらしい。

でも、今では聖女という教会の上層部にいたリリアでもよく知らなかったのだ。この辺の人が知らないのも当然であろう。

取り敢えず、と平静さを取り戻しながら村長が言う。


「今回は本当にありがとうございました。お礼してもしつくせません」


「いえいえ、本当にいいんですよ。依頼ですから」


 リリアが笑いかけながら言う。


「ゴブリンは倒しましたが、病気の元になった腐敗物はまだ森にあるままなんです。新しい感染を生まないためにも、早く燃やして埋めてくださいね」


「本当に何から何まで」


 村長がありがたさと申し訳なさが混じった顔をする。しかし、その顔からは安堵の感情がにじみ出ていた。


「さあ、リリアさん。村中からお礼を集めてまいりますので、私の家でしばしお休みください」


 お礼を集めてくると言った村長が家に案内してくれようとする。

 しかし、リリアは両手を体の前で振りながらそれを断った。


「いえ、お礼だなんて大丈夫ですよ。ぜひ村の復興に充ててください。それに、報酬は依頼料としてギルドからしっかりもらいますので」


「本当にあなた様は聖女のようなお方だ…」


 村長が手を合わせ拝むようにしながら言ってくる。

 自分は聖女ではない。たしかに聖女ではあったのだが。


「いえいえ、本当に依頼で受けただけですから」


 そう言い、村長に何とか顔を上げてもらう。

 メイスイがにやにやした顔をしながらこちらを見てくる。

 リリアが困っている様子をからかっているらしい。少しいじわるな所もあるようだ。

 依頼の完了という事で、最後にラズから達成書にサインをもらう。


「さて、依頼も終わりましたし、私はこれでお別れさせていただきますね」


 依頼も達成したし、これでここから離れるのがいいだろう。

 自分がこのまましばらくここにいても気を使わせてしまうだろうし、何より村の復興の妨げになってしまうのではないだろうか。


「お姉ちゃん本当にありがとう!」


 ラズがお礼を言ってくる。


「ロロさんとお母さんの病気が治ってよかったです。ですがまだ完全に元気というわけじゃないので、いろいろと手伝ってあげるんですよ」


「うん!」


 ラズとそう言葉を交わす。

 村長とも握手をし、また何度もお礼を言われた。

 さあ、ローディアに戻りましょうかとリリアは後ろを振り向く。

 そして気付いた。

 どうやって帰ろう。

 ここに来るまでは馬車に乗ってきたのだ。

 少し悩み、歩いて帰ろうという結論に至った。馬車を使ったとはいえ、感覚としてはそれほど離れていなかった。食料とかはアイテムバッグに十分入っているし、たとえ思ったより時間がかかってもどうにかなるだろう。

 そう考えて、リリアはローディアへの道を歩き始めた。


「もしかして、歩いていくの?」


 いまだに腕の中に抱えられているメイスイが尋ねてくる。


「そうですよ。でもローディアまでそんなに離れていないのですぐにつきますよ」


「でも面倒くさくない?僕の足の速さと君の足の速さじゃ全然違うし、僕は退屈しちゃうよ。…そうだ!」


 メイスイはリリアの腕の中から抜け出したかと思うと、宙返りをし、変化の術を解く。

 元の巨体が現れる。

 どさっという音がしてリリアは振り返る。

 村長とラズがしりもちをついていた。

 結局、配慮したかいはなくなってしまった。


「メイスイさん、急に大きくならないでください。みんな驚いてるじゃないですか」


「ごめんごめん。次から気を付けるよ」


 メイスイが軽く謝る。

 本当に反省しているのだろうか。


「リリアだけ特別だけどさ、僕の背中に乗せてあげるよ。これならすぐに目的地に着くでしょ」


 そう言ってメイスイは乗りやすいように伏せの姿勢をとってくれる。

 リリアはメイスイに近づき背中をなでる。そして、その上へとのぼった。

やわらかい毛と体がとても気持ちいい。


「よしっ、じゃあ出発するよ」


「ちょっと待ってください」


 そうメイスイを制止して、リリアは村長とラズの方を見る。

 しりもちをついていた二人はもう何とか立ち上がっている。


「お二人とも、お元気で!」


 二人に向かって手を振る。

 二人もありがとうございましたと手を振り返してくれる。


「ありがとうございます。それじゃあ行きましょうか」


 メイスイの背中を軽くなでる。


「わかったよ」


 そうして、リリアとメイスイは村を出発したのであった。


 そう返事したかと思うとメイスイの体が動き出す。そして、どんどん加速したかと思うとものすごい速さになった。

 振り返ると村はもう見えなくなっている。

 だけど、振り下ろされる感じはしない。むしろ風が当たってとても気持ちがいい。

 きっとその辺もメイスイが気を使ってくれているのであろう。


「道案内よろしくね」


「わかりました!」


 リリアは上機嫌に答えた。

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