9 初めての動画を投稿してみた④
荷台を風が吹き抜ける。
この時期の風はとても気持ちがいい。
「もうすぐ着くぞ」
馬車の前の方から御者の声が聞こえてきた。
リリアは前の方に移動し、外を見る。
見るとローディアの町がもう近くに見えてきていた。
さあ、ここから私の新しい人生は始まるのだ。
そう考えると自分の胸の中から期待がこみあげてくる。
乗降エリアへと着いた馬車がゆっくりと止まる。
「ありがとうございました」
「あいよ」
リリアは一言お礼を言って馬車を下りる。
さあ取り敢えず冒険者ギルドに行こう。昨日村で撮影した動画を早速旅動に上げたいのだ。
御者に道を聞きリリアはギルドを目指して歩き始める。
昔一度だけ来たことのあるうっすらとした記憶とは変わらないような気がする。
決して大きい街ではないが、舗装された道に整然と並んだ家々と、とてもきれいな街だ。
今歩いている道は商業区のようで、道沿いにはいくつかの店とそこで買い物をする客がいる。
しばらく歩いていると中心に噴水のある広場に出た。どうやらここが街の真ん中のようである。確かここを左に曲がればギルドがある道へと出るとのことだった。
道順通り進んでいくと、冒険者ギルドが見えてきた。
王都にあったものと同じつくりの建物であるからすぐに見つけることができた。
中に入り昨日とは違い今度は“冒険者ギルド動画配信サービス”と書かれた場所へと向かう。
「こんにちは、本日はいかがされましたか」
カウンターに着くとギルド員のお姉さんが聞いてくる。
昨日もそうであったが、なぜギルドの受付はお姉さんが多いのだろうか。他のカウンターでも男性が受け付けているところは少ない。
そんなどうでもいいことを考えながらリリアは答える。
「動画の投稿をしに来ました」
「動画の投稿ですね。チャンネルの作成はお済でしょうか?」
「チャンネル?」
リリアは首をかしげる。
動画投稿には冒険者ギルドへの登録が必要であるという事は下調べの時点で知っていたが、それ以外にも必要なことがあったようだ。
「あ、初めての方でしたか。では説明させていただきますね」
そうお姉さんは言うと、引き出しから説明書を取り出し、指をさしながら説明を始める。
「チャンネルとは動画を投稿していただく際に必要になるものです。投稿していただいた動画はこのチャンネルと紐づけられることになります。また、お持ちの魔導リングとご自身のチャンネルを連携していただくことで、どこででもご自身の動画の情報を確認していただくことが可能になります」
「なるほどです」
「チャンネルの作成には冒険者カードとチャンネル名の登録が必要になりますがどうされますか?」
「もちろんお願いします!」
「承知いたしました。では、こちらの紙にチャンネル名を記入後、冒険者カードと一緒に私にご提出ください」
そう言われ、リリアは1枚の紙とペンを渡される。
さて、チャンネル名はリリアでいいよねと思いリリアは思いとどまる。
「すみません。チャンネル名ってもしかして視聴者の方々にも見えますか?」
「はい、動画配信サービスをご利用いただくすべての人に公開されるものとなっております」
それならば本名はまずいのではないだろうか。
別にリリアという名前は珍しくもないものであると思う。それに、聖女としての名前は広がっているが、顔や声まで大々的に知られているわけではないから一般の人々にもばれることはないだろう。
ただ、もし自分の知り合いが動画を見たら、声とチャンネル名から元聖女のリリアだとわかってしまうのではないだろうか。
それはなんとなく恥ずかしいし、それでもし聖女という役職の地位を汚すことになったら大変だ。まだ、なりたてで忙しい毎日を送っているであろうシンシアにも迷惑をかけてしまう。
そう考えたリリアは悩む。
では何という名前にすればいいのだろうか。今まで偽名だとかペンネームだとか考えたことがなかったからどうしようか悩む。
そう散々悩んだ挙句、リリアは紙に『リア』と書いた。
自分の名前から一文字外しただけの安直なチャンネル名だが、まあこれ以上悩むよりはいいだろう。
そう自分を納得させ、冒険者カードと一緒にその紙をカウンターのお姉さんに提出する。
「はい、承りました。リアさんですね。少々お待ちください」
そう言うとお姉さんは手元の魔導機に何やら入力し始める。
しばらく待っていると、捜査を終えたお姉さんが言う。
「はい、チャンネルの作成が完了いたしました。この場で魔導リングとの連携もできますがいかがいたしますか?」
「よろしくお願いします」
リリアは指から魔導リングを外し渡す。
また手元の魔導具で何かをした後、「連携が完了いたしました」と言われ返却される。
「続いて動画の投稿の方へ移らせていただきますね。動画を記録した魔導石はお持ちですか?」
「はい、持ってます」
「それではこちらにそれをはめて頂き、希望される動画を選択してください」
そう言うとお姉さんはさっきまでいじっていたものとは違う魔導具を出してくる。
真ん中に魔導石をはめるための丸い穴が開いている。
リリアは鞄から魔導撮影機を出すと、魔導石を外し目の前の魔導具にはめ込む。
魔導具から画面が浮かび上がる。そこには昨日撮ったばかりの動画一本の記録のみが記されていた。
それを押すと画面が消える。
「はい、ありがとうございます。これで動画の投稿は完了いたしました。他に何か御用はございますでしょうか?」
「いえ、特にありません」
「承知いたしました。本日はお越しくださりありがとうございました」
そうしてそこを離れたリリアは、ギルドを出た途端にしゃがみ込む。
遂にやってしまった。いや、ついに始まった。
あんなに願っていた夢が遂に叶ったのだ。
ここ数日は本当に嬉しいことばかりで逆に困ってしまうくらいである。
取り敢えずこんな所で座り込んでいては迷惑だ。
いったん落ち着こう。そして宿でも探そう。
そう思ったリリアは立ち上がり歩き出す。
しかし、その顔は今までにないくらいにやけていた。
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