5 聖女ですが追放されてみた⑤
王座の間を後にしたリリアの顔は笑みであふれていた。
まだ叶うのは遠い先の未来であろうと思っていた、旅をしながら動画投稿をしてみたいという願い。それが突然明日にもというか今日にも叶うというのだ。思わず降ってきた幸運に心が躍らないはずはない。
ただ、突然すぎたなとは思う。
どうせなら今まで頑張ってきた仕事を最後までやり切ったという思いで引退したかった。
それに聖女でなくなれば今住んでいる屋敷からは離れなければならなくなる。急であったからこれからどうしようかなんて考えていない。
また、王宮の敷地にも入れなくなるのだから今まで関わってきた人やよくしてくれた人とも会えなくなってしまう。
そして何より、マルコスと会えなくなってしまう。今までは割と頻繁に会っていたとはいえ、枢機卿とは平民からすれば雲の上の存在なのだ。聖女から平民になれば養子と養父の関係も解消され、もう会うことはなくなってしまうだろう。
今、マルコスは地方に視察に行っている最中である。別れの挨拶もできないままもう会えなくなってしまうのはさすがに淋しい。
さっきまで満面の笑みを浮かべていたリリアの顔が少し曇った。
しかし、まあ何とかなりますか、と思いすぐに笑顔にもどる。
そんなことを考えている内に、自分の屋敷にたどり着いた。
「ただいま戻りました」
リリアは扉を開けて中へ入る。
まだ昼前であり、いつもならお務めの時間であるからか迎えは誰もいない。
上階の方から足音が聞こえてきて、アネットが顔をのぞかせた。
「リリア様!?」
少し驚いた様子でアネットがリリアの元へと小走りに近づいてくる。
「こんな時間にどうされたのですか、リリア様?」
「えっとですね、アネット。実は私、聖女の任を解かれました」
何の脈絡もなくリリアはそう告げる。
一瞬アネットが固まる。そして、動き出したかと思うと、
「ええーーー!!」
と、驚きの声を上げ、その場に座り込んでしまった。
いつもは物静かでクールなイメージのアネットの見たことのない様子にリリアも少し驚く。
その叫びを聞きつけて、何事かと屋敷中の使用人が集まってくる。
何があったのかと聞かれたリリアが同じ説明をすると、彼らもアネットと同様に固まってしまった。
「な、ななな何があったのですか?」
アネットが依然動揺したまま聞いてくる。
「どうやら私よりも適任な聖女が見つかったようなんです。だから単なる次の代への交代という事ですね」
「でもだからと言って聖女をやめさせられることにはならないではないですか。今までだって一度に聖女が二人いるという事もありましたし。これは絶対、リリア様を陥れようとする王家の策略に違いありません」
「そんなこと言ってはいけませんよ。きっと重大な理由があるんです」
座り込むアネットと同じ目線までしゃがみその手を取る。
「安心してくださいアネット。聖女の任を解かれたのは確かに少し残念ですが、私は今とてもワクワクしているんです。何といってもこれから私はどこにだって行けるんですから」
アネット含め周りの使用人たちの目に涙が浮かぶ。
どうやら前向きな姿勢が我慢していると思われたらしい。
「皆さん、泣かないでくださいよ。楽しみだって言ったじゃないですか」
今度はリリアがおろおろとし始める。
本当に本心からの想いなのだ。
「明日にはもうここを出なければならないと思いますが、皆さん、それまではまだまだよろしくお願いします」
リリアが笑って言った。
「とりあえず旅立つ準備をしなければなりません。アネット手伝ってくれますね」
そう問われたアネットはリリアに抱き着くと、もちろんです、と一言返したのであった。
翌朝、リリアは屋敷の前に立っていた。
「皆さん、今まで本当にありがとうございました。どうかこれからも元気に過ごしてくださいね」
今までお世話になった使用人のみんなにお別れの挨拶をする。
アネットが抱き着いてくる。
昨日も抱き着かれたし、案外アネットにはあつい一面があることを最後に最後に知ることができた。
「たとえ会えずともリリア様の幸せをずっと願っております」
そう言いリリアも抱き返した。
しばらくそうやって抱き合った後、二人は離れる。
次いで他の使用人たちとも言葉を交わす。
みんな思い思いに感謝や別れの言葉を言ってくれた。
改めてリリアはみんなの方を向き直る。
「では、皆さん。またいつか会うことがありましたらよろしくお願いしますね」
そう言うとリリアは王宮の敷地の外――城門の方へ歩き出した。
振り返るとみんなが手を振ってくれていた。
リリアも笑顔で手を振り返した。
王宮を囲む城門までたどり着いたリリアは衛兵に軽く挨拶をしてから外に出る。
そして、くるっと後ろを振り返り王宮の方へ向いた。
「今までお世話になった方々。そして、マルコス様。今までありがとうございました」
深く頭を下げる。
今まで関わってきた人たちとのお別れはできるだき昨日済ませてある。だけど急だったからお別れができなかった人も多い。
たとえと届かずとも、その人たちに向けて最後にお礼を言いたかったのだ。
下げていた頭を上げてまた後ろを振り返る。
今度は王都の方だ。
そして、そのまま前へと踏み出したのであった。
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