3 聖女ですが追放されてみた③
翌日、リリアは王宮の地下にある施設を訪れていた。
「一か月に一回の聖力の補充ですが、本日の体調はいかがですか?」
付き添ってくれている神官が尋ねてくる。
「大丈夫ですよ。昨日もしっかり眠れましたし、問題ありません」
リリアは元気にそう答える。
王国全土に聖力での結界を作り出す結界生成器。その補充の日が今日であった。
リリアは生成器の前に備え付けてある魔導機に向かって手をかざし、聖力を放出する。
手からどんどん聖力が吸われていくのが分かる。
結界は王国を魔物などから守るものである。外からの侵入や中からの排除を行えるほど高性能なものではないが、結界内で悪事を働こうとすると身体能力が著しく低下するため、弱い魔物であれば一般の人でも対処できるようになる、という効果を持つものだ。
「聖女様、いったん休憩にいたしましょう」
30分ほど手をかざしていると神官から声をかけられた。
リリアは魔導機から離れ、用意してくれた椅子に座る。
聖力の補充はとても力と集中力を使うものだ。だから休みながら少しずつ行っていかなければならない。
「ありがとうございます」
お礼を言い、リリアは神官が差し出してくれたコップを受け取った。
中身を一口飲み、ふー、と息をつく。
ただの水ではあるが疲れた体にはとても沁みる。
何やら外から足音が聞こえるなと思っていると、突如扉が開いた。
何だろうと思いリリアが扉の方を見ると、入ってきたのはこの国の第一王子であるケイリー・ライモンドであった。
「久しぶりだな、リリア」
リリアの前に来たケイリーが高圧的に挨拶をする。
「お久しぶりでございます、ケイリー殿下」
リリアは椅子から立ち上がると、ケイリーとは異なり丁寧に挨拶を返す。
「結界生成器の聖力の補充をしていると聞いて来てみたらもう休憩か。今代の聖女様は全くはずれの様だな」
ケイリーの高圧的な態度は今に始まったものではない。
聖女になってすぐ、リリアはケイリーの婚約者となった。聖女を何としても近くに置いておきたいという王家の想いからであろう。
最初こそはケイリーも愛想良く振舞っていた。しかし、しばらくたって何気ない会話で元平民であることを告げた途端、みるみるリリアに対する態度が悪くなっていった。
そして今や、時々会いに来たかと思えば貶してくるのが一連の流れになっていた。
「申し訳ありません、殿下。ですが補充は無理をすれば生死にかかわる作業です。ですから、こうして休憩を挟まなければならないのです」
「何を言うかと思えば、自分の努力不足と実力不足を棚に上げて言い訳か。全くもってこれが次代の王妃かと思うとこの国の未来も危ぶまれるな」
相手を馬鹿にするような顔でケイリーが言った。
こう言った態度をされることには慣れている。そのため、あえて言い返さない方が丸く収まることをリリアは知っていた。
だからこそ暴言を笑いで受け流していたのだが、今日のケイリーは輪をかけて高圧的であった。
「お前を拾ってきた枢機卿、マルコスといったか。今は確か地方へ視察に行っているんだったな。こんな無能な聖女を拾ってきたんだ。どこかでのたれ死んでくれた方がこの国のためになるんじゃないか」
リリアの頭のなかでブチっと何かが切れる音がした。
普段はとても温厚で、ケイリーのあしらい方も熟知しているリリアである。だから、怒ることはめったにない。
だが、自分が父親のように慕っているマルコスを貶されたとあっては耐えられない。
「殿下。ではご自分で次の聖女を探されてはどうですか」
怒る気持ちが少しばかり声にこもる。
「ふんっ。第一王子の俺にそんな態度をとっていいと思っているのか。今はいつも助けてくれるマルコスもいないというのにな」
がんを付けるようにしながらケイリーが言った。
「まあいい。今日の俺は優しいからな。これくらいにしておいてやろう」
そう言ってケイリーは部屋から出ていった。
少し離れたところでおろおろしていた神官がリリアに近づいてくる。
「聖女様、大丈夫ですか?」
「心配をかけました。私は大丈夫ですよ」
ケイリーはあんな調子であるが、教会に所属する神官たちの多くはリリアに良くしてくれる。
「お待たせしてしまってすみません。じゃあ、聖力の補充の続きをやりましょうか」
そう言って、リリアは再び結界生成器の魔導機に手をかざし、補充を再開した。
リリアの王宮への召還命令の通達が屋敷に届いたのは、それから2日後のことであった。
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