2 聖女ですが追放されてみた②

「リリア様、本日も御勤めお疲れさまでした」


 リリアが屋敷の扉を開けると出迎えてくれたのは侍女のアネットであった。


「ただいま戻りました、アネット」


 そう言いながら屋敷の中に入る。

 アネットはリリアが聖女になったときから世話をしてくれている使用人の1人である。主とその侍女という関係ではあるものの、年が少しだけ上であることからリリアは姉のような存在に感じていた。

 アネットに付き添われながら自室へと向かう。


「リリア様、それではお着替えをお手伝いさせていただきますね。」


「よろしくお願いします」


 アネットに手伝ってもらいながらリリアは聖女の服からラフな服へと着替えを始める。


「今日のお務めはどうでしたか?」


「変わらず大変な一日でしたよ。でも、今日もみんなが喜んでくれたから何とか乗り切れました」


「それはようございました」


 アネットは比較的口数は少ない方だ。だがリリアが話せばちゃんと聞いてくれることから、とても話していて楽しい。

 着替え終わり次は髪や化粧を整えてもらった。

 

「リリア様、身だしなみの整えが済みました」


「いつもありがとうございます、アネット」


 リリアがお礼を言う。

 毎日してもらっていることだが、だからこそ毎回お礼を忘れずに言うようにしている。

 さて、とリリアは椅子から立ち上がる。

 

「では、夕食の準備はできておりますので、食堂へお越しください」


 アネットに促されるまま、自室から出て食堂へと向かう。

 食堂の扉をくぐると、ふわっと温かないい匂いが身を包んだ。見るとすでにテーブルにはおいしそうなごはんが並んでいる。

 リリアは引かれた椅子に座り、目の前のご馳走に向き合った。


「天におわします我らが神様。今日も生きる糧を与えてくださりありがとうございます」


 手を合わせてそう言う。

 そして、手に食器を持ち料理を口に運んだ。


「ん~~~!」


 口の中に広がるおいしさに声にならない声が出る。

 リリアがここに来た時から変わらない料理人の味だ。だが、いつまでも飽きることはなく毎回こんな反応をしてしまう。

 次々に口に料理を運ぶ。

周りに人がいるならもう少し上品に食べるべきだろうが、幸い今は心知れた人しかいない。多少上品でなくとも何ら問題はないだろう。

そんな幸せな時間を過ごしながらリリアは食べ進めるのであった。





「それでは、リリア様。お休みなさいませ」


「おやすみなさい」


そう言葉を交わして、アネットが部屋の扉を閉める。

夕食を食べた後湯あみをし、リリアは寝るだけになっていた。

部屋の照明を消して枕もとのランプの明かりをつける。そして、リリアはベッドにもぐりこんだ。

 しかし、まだ寝るわけではない。


「魔導リングオン」


 リリアが自らの指にはまる指輪に向かって呟く。

 指輪から目の前にいくつかの四角が浮かびだした。

 魔導リングは今から10年ほど前に登場した魔導具である。

 形は指輪から腕輪等々色々あるが、どれもリング状の小型魔導具である。重要なのはそこのはまっている魔導石だ。この魔導石に組み込まれている魔法式によって様々な事ができるのが売りになっている。

 例えば、特定の場所に音声を飛ばす魔法式を組み込んでおけば通話ができるようになるし、緊急事態時は国や冒険者ギルドから連絡が来るようになっている。

 それ以外にも多くの用途で使えるし、さらに使われている魔導石のランクが低いものについては組み込める魔法式の数が少ない代わりに安価であることから、王国での普及率はここ数年で非常に高まっていた。

 リリアは浮かぶ様々な四角――アプリの中から『冒険者組合動画配信サービス』と書かれたものに触れた。

 目の前の景色が変わり文字列が浮かび上がる。

 リリアはしばらくその文字列を上から下にスクロールした後、気になった一つを選び触れた。

 再び目の前の景色が変わり、次は動画が流れ出した。

 冒険者ギルド動画配信サービス――通称“旅動”は数年前に誕生した冒険者ギルドによる動画配信サービスだ。

 当初は冒険者ギルドに所属する冒険者の知名度の上昇と依頼数の増加を目指して作られたものである。冒険者は自分で撮影した動画をギルドを通すことで配信でき、多くの人に見てもらうことができるというものであった。

 しかし、今では冒険者だけでなく商業ギルドに所属する商人も動画を配信するようになっている。

 魔物がはびこりなかなか遠出ができない人々にとっては、その動画の数々を通してまるで旅に出かけているような気持ちを味わえることから、今では旅動と呼ばれるようになっていた。


「ふふっ」


 リリアが小さく笑う。

 毎夜の動画鑑賞は彼女のいくつかある楽しみの中でも特に好きなものであった。

 聖女として働いていることから色々な場所に行くこともあるが、自分の好きな場所に行くことはなかなかできない。だからこそ旅動はリリアの最大の趣味となっていた。

 もちろん聖女としての仕事は嫌いではない。しかし、いつか他にその仕事を任せられる人ができたら、人助けをしながら旅をして動画を投稿してみたいとリリアは思っていた。

 なんせ昔の聖女は国に縛られることもなく自分の赴くままに様々な場所を訪れていたというのだ。

 自分もそんな生活をしてみたいが、そのときが来るのはまだまだ先のはなしであろう。


「魔導リングオフ」


 いくつかの動画を見たリリアはそう呟き魔導リングを停止した。

 明日もまたお務めがあるのだ。

 枕もとのランプを消し、リリアは目を閉じたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る