1 聖女ですが追放されてみた①
「聖女さま、今日もありがとうございます」
「いえ、いつも頑張っている騎士様たちのお力になれてうれしいです。お大事になさってくださいね」
騎士からのお礼にそう返し、リリアは部屋を後にした。
王宮にある騎士団の詰所。そこでの治療の仕事が終わった。
(今日も頑張りました)
そう思いながらリリアは王宮のはずれにある自分の屋敷へと足を向ける。
大陸で1位、2位を争う大きさであるコレスティア王国。そこの聖女にリリアが選ばれたのは12歳の時であった。
それから5年が経ち仕事にも慣れたとはいえ、聖女としての仕事はとても多い。それに加え他にもしなければならないことが山積みである。そのためリリアの毎日は多忙を極めていた。
しかし、リリアはこの仕事が嫌いではなかった。
何より待遇がいいのだ。聖女として働く前とは比べものにならない程のいい暮らしをさせてもらっている。
そしてなにより、これほどまでに直接お礼を言われる職業は他にないだろう。だからこそ大変でも休むことなく続けられていた。
それに私生活の方も十分満たされているのだ。これ以上ないほど楽しい毎日を送れている。
さあ、これからは自由な時間だ、と心の中でスキップしながらリリアが歩いていると
「リリア」
と、後ろから声をかけられた。
誰だろうと後ろを振り返る。
そこにいたのはマルコスであった。
「マルコス様!」
「これこれ、リリア。王宮で走ってはいかんぞ」
笑顔で小走りに近づくリリアをマルコスが優しくとがめる。
立派な白髭を持つ老人――マルコス・アステルムはリリアが所属する教会の枢機卿の一人である。そのため、言ってしまえば同僚という立場である。しかし、リリアにとっては父親のような存在でもあった。
それもリリアを聖女に選んだのは彼であるからだ。
まだ、リリアが孤児院にいた頃、聖なる力を宿す彼女を見つけたのはマルコスであった。彼は後ろ盾になるという事でリリアが聖女になる際に彼女を養子に迎えてくれた。それからは仕事以外の場面でも度々リリアを気にかけては会いに来てくれるのだ。
とはいえこんなところにまで来ることは珍しい。
「マルコス様、今日はどうされたのですか」
「いや、なに。少し用事があっただけじゃよ」
「用事ですか?」
「そうじゃな、リリアには話しておいた方がいいじゃろう。実は明日から数か月ほどここを離れなければならんのじゃ。いわゆる地方視察というものじゃな」
リリアの笑顔が少し曇る。
「なんじゃ、もしかして淋しいのかのう」
顎髭を優しくなでながらマルコスが少しからかうように言った。
「い、いえ、淋しくなんてありませんよ。私ももう17歳の立派な大人ですからね」
「ふっふっふ、そうじゃな。それでも儂がいない間は少し苦労をかけることになるかもしれんが、困ったときは教会のみんなに頼るんじゃぞ」
マルコスがリリアの頭を優しくなでる。
「もう、マルコス様。だから私はもう子供じゃありませんって!」
そんな他愛のないやり取りをしばらくした後、リリアはマルコスと別れた。
リリアが聖女を続けている理由の一つは彼の存在だった。
もちろん拾ってくれたことにはとても感謝している。だけどそれ以上にこんなやり取りをしてくれる相手がいることがすごく嬉しかった。
リリアは周りを見渡し誰もいないことを確認する。
そして、今度は心の中ではなく本当にスキップをしながら、再び自室へと歩を進めるのであった。
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