十七歳

山田貴文

十七歳

今日は彼の誕生日。


目がさめると、彼だけではなく世界中の人間が全員十七歳になっていた。


その朝、彼は父親の絶叫で目が覚めた。


「髪、髪が!母さん、来て!」


「なによ、お父さん。朝から大声出して。えっ、えっ、どうしたの?それ」


「うわっ、母さん、めちゃくちゃ若くなっていないか?」


「お父さんこそ!」


階下から聞こえる大騒ぎを何事かと目をこすりながら、彼は階段を降りた。そして、両親の姿を見て叫んだ。


「えーっ、どうなってんの?」


両親が若くなっていたのだ。ほぼ消え失せていた父親の髪はふさふさだった。横に大きく広がっていた母親の体はしぼみ、スレンダーな少女となっていた。二人とも、どう見ても高校二年生の彼と同年輩にしか見えない。


若くなったのは彼の両親だけではなかった。全世界の人間が彼と同い年ぐらいの姿になっていた。時間差はなく、日本時間の午前零時から一斉に変わったのだ。朝からテレビやネットは大騒ぎ。原因不明。


昨日までの記憶や知識はそのままに、老若男女の肉体のみが、すべて同じ年齢ぐらいのものに変わってしまった。研究機関が調べたところ、皆の肉体は十七歳相当だということが判明した。


異変があった当日に十七歳の誕生日を迎えた彼は、人類の数万分の一ぐらいいる同じ条件の人々と共に「ミスターまたはミズ・ゼロ」と呼ばれ、珍重されるようになった。ちなみに既に十七歳を超えていた者は「アフター」、十七歳より若かった者は「ビフォア」と言われるようになった。


十七歳はほぼ大人の体格であり、社会の運営に大きな問題はなかったが、すぐにいいことと悪いことが起きた。


いいことはアフター、それも元の年齢が高い者に多かった。若返ったおかげで年齢から来る痴呆症や成人病は完治し、皆が十七歳当時の肉体を取り戻せたからだ。入院患者が次々と退院し、経営が成り立たずに廃業する病院が続出した。その一方で老人ホームは突然、高校生の合宿所かユースホステルのようになってしまい、あちこちで色恋沙汰や殴り合いの喧嘩が勃発した。


「ただいま」


異変の翌日。彼の父親にそっくりな若者が家を訪ねてきた。玄関に出た父親が絶叫する。


「お父さん!」


彼の祖父が帰ってきたのだ。十七歳の姿で。祖父は一年前から病院で植物人間状態になっており、死を待つばかりの状態だった。つい最近、医師からはもうそんなに長くもたないから覚悟と準備をと親族に通告があったばかりだった。


だが、十七歳の時点で元気だった祖父は昨日の異変で復活し、若い時の姿そのままで現れたのだ。


「帰ってきたらまずかったかな?」


「そんなことないですよ。お父さん!」


抱き合って泣き出す十七歳の父と子。そこに孫の彼も加わって、顔がそっくりの同い年、男三人で泣きじゃくった。


時がたち、いざ興奮がさめると、さまざまな問題に直面せざるを得なかった。父親は兄弟と遺産分けや墓の手配などを先日済ませていたのだ。住宅ローンをこれで一括返済できると喜んでいた姿を彼も見ていた。


いくら祖父とは言え、自分たちと同じ十七歳の若者から財産を奪取するわけにはいかない。遺産については完全に白紙に戻ってしまった。遺族になるはずだった親族のショックは隠せない。それに薄々気がついた祖父も何だか申し訳なさそうにしている。


祖母は異変よりはるか昔になくなっていたので、復活の対象外。もう祖父が病院から帰ってくることはあるまいと、親族によって住居や生活用品の整理も始まっていたので、こちらも問題だった。


一方、ビフォア。つまり、異変日に十七歳より若かった方はより深刻。脳が赤ん坊や幼児で肉体が十七歳の人間が大量に発生したのである。十七歳の母親が同年齢の乳児に母乳を与える光景はシュールだが、それはまた危険極まりない行為でもあった。赤ん坊には永久歯が生えそろっているのである。乳首を思いっきり噛まれて絶叫する母親が続出した。


さらに体が十七歳の赤ん坊が母乳やミルクだけで栄養をまかなえるわけがなく、産婦人科は大混乱。しかも彼らの頭は完全に赤ん坊そのものなので、十七歳の声変わりした泣き声でドンギャードンギャーと叫ぶ悪夢のような光景となった。


この日を境に新たな子供は一切生まれなくなった。人類の存続を考えると大問題なのだが、母乳を求めて泣きわめく十七歳の乳児がこれ以上増えないことは当面の救いでもあった。


問題は赤ん坊だけではない。以前は小学生や中学生だった者が酒場に出入りし、飲み慣れていない酒を一気に飲んで倒れたり、暴れたりするトラブルも続発した。


そして、最近は右肩下がりに減少していたタバコの売上が急に激増した。子供が吸い出したのである。何しろ見た目では大人か子供かの区別がつかないし、子供というのは大人のやることを真似したがるものだ。


各種の犯罪も激増した。子供の判断力と大人の体力を持つ者だらけになったのだ。増えない方がおかしい。


高校の生徒会にしか見えない各国政府の面々は早急に対策を迫られた。


「どうだ?痛かったか?」


「いや、そうでもない。でも、変な感じだ。うちの犬の気持ちがよくわかったよ」


「まさか、人間にマイクロチップ埋め込むようになるとはな」


彼は先ほど病院でチップを埋め込んだ左肩をなでた。今日からは、これで年齢を判別されるようになるのだ。高校の友人も来週装着に行くという。


各国はマイクロチップを人間に入れる施策を開始し、それによる厳重な年齢管理を行うようになった。当然、こういった施策には人を犬や猫扱いするのか、管理社会反対と反発する集団が生まれ、世界中でデモや暴動が勃発した。


各国政府はそれに対し、チップの未装着者に対する公民権や各種給付金の停止といった強硬手段でこたえた。デモに対しても実力で弾圧した。


以前の初老の政治家たちなら、もう少し老練な、もってまわった対応をしただろう。だが、彼らは反対する者たちをストレートに押さえつけた。


このような状況になって皆が実感したことは、肉体が精神に与える影響である。体が若くなると、やはり人間は活動的になり血の気が多くなるものなのだ。世界中が熱い人間であふれた。


「これも食べなさい」


「いいよ。お母さんの分でしょ。自分で食べてよ」


「若い子はお腹がすくでしょ」


「お母さんだって十七歳じゃん」


彼は自分の配給食料を与えようとした母に遠慮したが、結局押し切られてしまった。たとえ姿が同い年になっても、親子は親子なのだ。


全人類が食べ盛りの年齢になってしまったので、あっと言う間に世界的な食糧不足を迎えた。それが原因の暴力沙汰や国際紛争も頻発。


食糧の自由流通は不可能となり、各国で戦時中のような配給制度が導入された。もはや味の好みや好き嫌いを言うこともできなくなり、当面は生命維持が最優先となった。


職業の分布は大きく変わった。医療や介護といった分野で働く者は大幅に減り、反面、農業・漁業・畜産といった食料生産や乳幼児保育の分野へシフトした。


しばらくの混乱はあったが、物事は落ち着くべきところに落ち着くもので、比較的早いうちに各国の社会はそれなりに運営されるようになった。


「今朝のニュース見た?」


友人と出会いざまに聞かれた彼は答えた。


「うん。どうやら確定みたいだな」


「みんな気がついてはいたんだけど、これが事実だと言われるとショックだよね」


「俺たち、みんな歳を取っているんだ」


国際研究機関の正式な発表により、人類の年齢は十七歳が終着点ではなく、出発点であることが明らかになった。つまり、全世界の人類が十七歳を起点に十八歳、十九歳とこれから肉体的に歳を取っていくのだ。


今はまだいい。成年に向かって体が成熟している途中だから。でも、その先はどうなる?人類すべてが同じタイミングで老人になる。介護が必要な者は誰が面倒を見るのか?みんな老人なのに。


さらに今後、これからどんなに先でも百年後にはすべての人類が死に絶えてしまうことが不可避だ。何とか新たな子供を作ろうと世界中でさまざまな努力が行われたが、すべて無駄だった。


世界各国で会議が重ねられ、人類の進むべき道が議論された。来るべき全員老人社会に備え、医療体制の充実化や介護の機械化・自動化に力が注がれることになった。


時は流れた。


何だかんだと言って、人類の叡智は捨てたものではなかった。さまざまな問題はあったものの、人類は最後の一人が寿命で倒れるまで生き延びた。


彼自身は人類消滅より少し早い時期に天命が尽きようとしていた。死の床で彼を見守る人々に語りかけた。


「今までありがとう。楽しい人生だった」


「俺たちより先に逝くやつがあるか。おい、しっかりしろ」


「面白いよね。まさか老衰で死ぬのに父ちゃん、爺ちゃんに見送られるとは」


彼は微笑み、同い年の人々を残して旅立った。


                             (完)


と終わらせようと思ったところ、作者である私の脳内会議が緊急招集された。


「おい、ちょっと待て」


「何?」


「これで終わりか?」


「だめ?」


「あえてスルーした問題があるよな?」


「うん」


「言ってみて」


「セックス」


「だよな。なんで避けたの?」


「だってさ、頭が子供で体が十七歳の人間が大量発生したら、みんなそこら中でセックスするじゃん」


「仕方ないだろ」


「それだけじゃないんだよ。中年、老年となって第一線を退いた人々が十七歳の体を取り戻したら」


「取り戻したら?」


「みんな絶対セックスする」


「嫌なのか?性行為を描写するのが」


「星新一先生みたいに一切の性行為は描かないと言うつもりはないんだけど」


「じゃあいいじゃん」


「いや、老衰の主人公が父と祖父に見送られるせつない最後にしたかったんだよ」


「それで?」


「でも、シミュレーションしてみると、絶対そこまでいかず人類は滅亡する。食糧と異性の奪い合いで殺し合いになる」


「新たに子供が生まれない設定にしたのは?」


「これもどかどかと体が十七歳の赤ん坊が誕生したら、絶対に社会がもたない。いわば人類の延命措置」


「まあねえ。若者だけじゃこの世はもたないということだな」


「人類社会は、子供と若者と中年と老人がほどよく混ざっているから成り立っているのだよ」


「間違いない。じゃあ終わりにしますか」


「なんか、しまらないな。最後にひと言書いていい?」


「何?」


「若さって素晴らしい」


「おい」

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十七歳 山田貴文 @Moonlightsy358

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