魔法都市の探偵
あおい
第1話 魔法少女との出会い
334番通りの『狼亭』を右に曲がって少し行ったところ、何もない薄暗い路地を電灯に従って歩いた先に、小さなビルが一軒立っている。
そこが、『猫の足音探偵事務所』。名前の通り、神秘と怪奇からなる事件の解決を得意とした──魔法少女の探偵がいる、探偵事務所である。
「本当にあったんだ…」
都市の巨大建造物に慣れている身からすると、郊外の建物のサイズ感には驚きしかない。
なんにせよ、噂話通りなら…僕の人生を、この事務所が変えてくれるはずだ。
僕は『猫の足音探偵事務所』の名刺を握りしめ、深呼吸を一つしてから、事務所の扉を開いた。
事務所内に入ってみれば、趣味の良い音楽がかかっていたし、足元の床は自分の姿がほんのりと写り込むくらいピカピカだ。
個人の探偵事務所というから、もっと埃っぽくてごちゃごちゃした事務所をイメージしていたけれど…ここは嫌な閉塞感がない。
「そこに座っていいよ」
奥から女の子が出てきて、中央のテーブルに座るよう促してくれる。女の子は僕がテーブルに向かってそろそろと動き出したのを確認すると、満足そうに笑って、また奥へ引っ込んでいった
席に着いてみると、ソファは重厚感のある作りで、気をつけなければ足先が浮いてしまう。テーブルは当然のように埃一つ積もっていなかった。
相当繁盛しているのか、綺麗好きな人間がいるのか──余計なことを考えていると、さっきの女の子がお盆にお茶を乗せて出てきて、僕の前に一つ、向かい側に一つ、置いてくれた。
向かい側に置かれたお茶は、おそらく探偵のものだろう。
さて、どんな人が来ることか……熱いお茶を注意しながら啜っている最中、女の子は僕の向かいに座った。
それにしても、ずいぶん可愛い女の子だ。
外見上は僕よりも大人びて見えるけれど、女の子は大人になるのが早いというし…僕は人間の年齢を見た目で図るのが苦手だ。
彼女は長く結った三つ編みが円になるように頭上で止め、後は肩まで垂らしている。
服装は特殊というほどでもない。フリルのたくさん着いた、全体的に白っぽい服を着ている。
僕が女の子をまじまじと見つめていると、彼女と視線がぶつかった。不躾な視線を咎められはしないだろうか。
「えっち〜」
「ブヘァ!?いやその!!」
飲んでいたお茶を吹き出す。突然そんなこと言われたら誰だってそうなる。言い訳は何も出てこず、無闇に立ち上がった人間になってしまった。恥ずかしさから頭を抑えながらソファに再度座る。女の子が「冗談だよ」と言ってくれる。
「それにしても、本当に来てくれたんだね」
彼女は紅茶に砂糖を5個入れて、そう言った。
まるで僕を知っているような口ぶりに、僕は首を傾げる。こんな可愛い子とお近づきになった覚えはない。
「あの…どこかでお会いしましたっけ」
彼女は紅茶を一口飲んで、僕を見た。
「え〜。覚えてなぁい?」
女の子は魔法で出したフードを着ると、それを目深に被った。それでようやく思い出す。この子は、困っている僕にこの探偵事務所を教えてくれた人だ。
「あの時の…!すみません、全然わかりませんでした。ここの関係者の方だったんですね」
「そうだよ〜。それで、キミはどうして困っているの?」
「それは…」
僕は言い淀む。
この世界でこんなことを言ったら、きっとひどく軽蔑される。
「だぁいじょーぶ!ちゃんと約束する!どんな難事件も、お悩みも、人探しでも、私が華麗に解決しちゃうんだから!」
彼女がそう言って、僕の眼前に身を乗り出してきた。
彼女の瞳がぱちぱちと輝く。
──彼女なら、僕の悩みを笑わないかもしれない。
僕はその時そう思った。彼女の瞳も声も、今までに見た何よりも真摯な約束の形をしていた。なんとなくそう思っただけだけど。
「私が…って」
「あ、そっか。えへへ、私すぐ勘違いされちゃうんだよね〜」
彼女は苦笑いをしたあと、背筋を伸ばしてその場に起立した。
正午のゆるやかな日差しが、彼女の体を照らしていた。
光のカーテンが揺れる。彼女が恭しくお辞儀をして見せる。
「猫の足跡探偵事務所へようこそ。私が『魔法少女の探偵』。
よろしくね、と彼女は手を差し伸べた。
いずれ一つの魔術体系の真相となることが約束された存在──魔法少女。それが瀬布いろはの正体だった。
僕はいろはさんの手を取る。
彼女が嬉しそうに笑ってくれたことを、僕は生涯忘れることができないだろう。
魔法都市の探偵 あおい @yamanakaZ
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