第19話 ペルセウス
――――――――頃合いだ。
レグルスが放った刃を見る。
残った力が全て込められた一撃。
今まで軽く応戦していたアンドロメダも、流石に無傷では済まないだろう。
床を蹴り、一歩でアンドロメダの横まで移動する。
そのまま、レグルスが放った巨大な剣の刃を掴み、空中で止める。
淡く光る刃が小刻みに震え、まるで意思があるかのようにさらに前へ進もうとする。
がしかし、
「ここまでだ……………………レグルス、これは返す」
そう言って、剣を投げ返す。
剣は空中で元の大きさに戻っていった。
飛んでくる剣を器用に捉え、
「貴様…………」
と、レグルスが不満を露にする。
「何故止めた?」
「そこまでにしておけ。どうせ今のも致命傷にはならない………………………………引き分けだ」
それを聞いたレグルスが、
「……………………本当に防げていたのか?」
と、アンドロメダを睨む。
「当たり前じゃん、あんなへなちょこな攻撃……それよりレグルスは大丈夫なの?もろに引っかかってたみたいだけど…………?」
アンドロメダは既に起き上がり、警戒を解いて笑っている。
またしても一戦始まりそうな、険悪な空気が流れる。
が、そこで数人の男が部屋に駆け込んできた。
武装した、警備の者たちだろう。
「何事だ!…………お前ら、何をしている!?」
先頭の男が言う。
腰に下げた件の柄に手をかけ、いつでも抜けるようにしている。
「何でもないですって、ただのじゃれ合いですよ」
アンドロメダが朗らかに笑いながらそう言う。
「じゃれ合いであんな爆音がするか!?」
「……………………まぁ、騎士科なんで?」
「それは分かるが、周りへの影響も考えろ」
「すみませんでした……………………ほら、レグルスも謝ってよ。先に手出したの君でしょ?」
それにレグルスは、
「……………………悪かった」
と一言。
「いいよ、許してあげる」
「貴様に謝った訳ではない。……………………くそが、貴様は本当に俺を苛つかせるのが得意だな」
「あは、褒められた?」
レグルスから殺気が膨れ上がった。
それを見越していたかのように、ほぼ同時にアンドロメダも力を解放している。
戦闘狂。
恐らくアンドロメダがこれに当たるのだろう。
レグルスが短気なように見えて、実際はアンドロメダがそれをうまく利用し、戦闘に繋げているだけだった。その証拠に、アンドロメダはレグルスを煽ると同時に戦闘態勢に入っている。
「おい、やめておけ!」
警備の男が言う。
それに、
「まぁ、いいじゃないですか」
とアンドロメダ。
「ここは特殊な建物なんでしょう?こんなに暴れても傷一つつかないし……………………そもそもここの周りは何もないじゃん」
「だめだ。決闘なら正式に申請した上で闘技場に行ってやれ!」
「だから、じゃれ合いって言ってんだろ?」
そろそろ限界といった様子で、アンドロメダの顔から徐々に笑みが消えていく。
口調も、いつもの下手に出る話し方から一転、脅すように凄んでいる。
「それとも混ざる?殺されちゃうと思うけど……………………」
横目に警備の男を睨むアンドロメダ。
男は黙り込んでしまう。
何の非も無いというのに、流石にかわいそうだ。
「なぁ、アンドロメダ……………………人に迷惑かけて楽しい?やるならレグルスと、外出てやれよ」
それに、
「ペルセウス…………………………」
と、アンドロメダがこちらを見る。
「それと、この建物にも限界はあるから…………」
とは言えさっきのように、レグルスとアンドロメダが多少暴れた程度ではびくともしないのだが、それは言わないでおく。
「レグルスも、大体お前もう動けないだろ」
本当に剣を抜くしか能の無い奴らだ。これからこんなのと行動を共にするのかと思うと少し気が滅入る。
「俺はまだ動けるが?」
レグルスが言う。
見るからに倒れそうな様子で、剣に手をかけている。
「言って分からないなら仕方がないな」
このままでは本当に警備の者たちに迷惑だ。それに、上下関係をはっきりさせておいた方が、今後何かと便利だろう。
ペルセウスは軽く踏み込み、レグルスの腹に蹴りを放つ。
レグルスは反応できない。
剣を抜くこともできず、床に倒れ込む。
それを背後に、今度はアンドロメダと対峙する。
と、こちらは既に飛び出し、氷の剣を振り抜こうとしている。
その動きはかなり、速い。
学園に入学する者の動きではないな、と思う。
しかしそれでも、
「惜しいな」
迫りくる氷の刃を素手で止める。
アンドロメダの目に焦りが浮かぶ。
剣を戻そうとするが、びくともしない。そして、そのせいでほんの一瞬動きが止まってしまう。
その瞬間に、ペルセウスの拳がアンドロメダの腹部を完璧に捉えた。
「嘘だろ…………」
そう呟くのを最後に、アンドロメダもレグルス同様、床に崩れ落ちた。
本当に、面倒な奴らだ。
「……………………すまない、迷惑かけた」
こちらを見て呆気に取られている警備の者たちに、軽く謝る。
イリスの芸術と呼ばれる特殊なこの建物は、あれだけ二人が暴れても傷一つ付いていない。
「お前が、あの噂の首席か?」
一人の男が言う。
「噂?…………どんな?」
「最強って噂だ。二年の首席を瞬殺したとか…………」
「あぁ、そうか」
あのアルタイルという学生に勝ったことが、学園内では多少噂になっているらしい。
「じゃあ俺達もう行くぜ……………………次からはそこの二人が問題起こす前に止めてくれ」
「…………悪いな」
男らが出ていく。
足元で転がっている二人を見る。
力は加減したから、もうすぐ目を覚ますだろう。
「あ、あの……………………これ…………」
横から、男子生徒がその手にネックレスを持って恐る恐るこちらへ差し出す。
「あ、ありがとうございました……………………」
その様子に、少し戸惑う。
この生徒と自分やレグルスやアンドロメダとを、同じ「騎士科」という枠に入れて良いものなのだろうか、と疑問に思う。
「あぁ……………………無事か?」
それに、男子生徒は「はい、お陰様で……………………」と答える。
放っておこう、と思う。
結局はそれが一番いいのである。
アンドロメダとレグルスを軽く蹴って起こす。
「行くぞ、起きろ」
ちょうど、女子3人の気配が寮の前まで来ている。
今日、騎士科の生徒は学園を発ち、これから師事する精霊騎士の元へと向かうのだ。
まずは、学園長と会う必要があった。
「どこに行けばいいんだ?」
誰にともなく聞くが、
「…………ん?…………ごめん、何て?」
とアンドロメダ。
レグルスは苦しそうに呻くだけで、男子生徒も目を逸らしてしまう。
その様子にペルセウスは、力加減を間違えたかな、と一人反省する。
「……………………女子に聞くか」
と、ペルセウスは扉を開け外に出た。
――――――――――――
女子三人と合流し、七人で校舎へ向かう。
グラウンドの端にある東屋で、学園長が待っているらしい。
「ペルセウスさん」と、前を歩いていた少女、ヴィクトリアがこちらを振り返り、小声で聞いてくる。
「……………………お二人、何かあったんですか?」
と、後ろの二人をちらっと見る。
後ろの二人――――――――。
片や無表情で、片や爽やかな笑顔で歩を進めているが、数歩進むごとにふらついている、様子のおかしい二人。
「あぁ、ちょっとな……………………人に迷惑かけてたんで注意したんだ」
「そうでしたか……………………楽しそうですね」
「だろ?」
ヴィクトリアが可笑しそうに笑う。
視線の先に、目的の東屋らしき影が見えてきた。
「あれか?」
「多分そうです」
それに、
「もう着く…………しっかりしろよ」
と振り向いて言う。
アンドロメダが、軽く右手を上げて応える。
その様子を見て、
「………………これは、だめですね」
とヴィクトリア。
仕方なくそのまま東屋を目指す。
これもイリスの建築物なのだろう、精巧な装飾が施された豪奢な柱と、天井から成る石造りの東屋が、木々に囲まれるようにひっそりと建っていた。
中には三人の人影が見える。一人はアル=ファラス・イリスで、後の二人は見たことがない。
「よし、皆んな来たね」
こちらに気付き、声をかけてきたのは学園長のアルだ。
「早速で悪いけど手早く説明しよう…………と、そこの二人はどうかしたのかい?」
話し始めようとして、しかしレグルスとアンドロメダの様子に首を傾げる。
そして、その視線は自然とペルセウスの方へ向けられる。
自分が何かしたのだと察したようだ。
「…………二人でじゃれ合っていただけだ」
面倒だと思いつつも、ペルセウスは説明をする。
「君がやったんじゃないの?」
「……………………仕方なく、な」
「なんでもいいけど、仲良くやれているようで安心したよ」
「あぁ」
二人のことはあまり気にしていない様子で、再び説明に戻る。
「細かな説明は省くよ…………騎士科の生徒が学園ではなく精霊騎士の下で学ぶことは皆んな知っているだろうからね。まずは……………………紹介しよう」
そう言って、後ろを振り返る。
先程から視界に入っていた二人。
そのうちの片方、長身で黒髪、表情は皆無だが整った顔立ちの男性がこちらへ歩いてくる。
アルの横で止まり、口を開く。
「スピカ隊のノルンだ……………………」
見た目通りと言うべきか、愛想は無い。
本当に最低限の自己紹介である。
それに、
「はいじゃあ、スピカの隊に入るのは女の子三人と、君ね」
と学園長のアルが、だいぶ顔色の戻ってきた男子生徒を指差す。
「今から四人はノルンと一緒にスピカ隊の拠点まで行ってもらうよ。そこで精霊騎士になるためのあれこれを学ぶんだ。……………………安心しな、スピカは優しいから」
どうやらそういうことらしい。
現役の精霊騎士であるスピカという者がいて、今から四人はその人に師事するのである。
「…………行くぞ」
と、ノルン。
そして背を向け、森の中へと消えていく。
呆気に取られる女子たちに、
「ほら早く行かないと置いてかれるよ」
と、アルが言う。
「じゃあねーヴィクトリア」
「あ、はい……………………え?…………あ、お元気で」
ヴィクトリアが戸惑いつつもノルンの後を追う。
それに他の三人も続き、残るはアンドロメダとレグルス、そして自分だけとなった。
「残るは、君たちだね……………………正直どうしようかと迷ったよ、シリウスの元に送るかどうか……………………」
アルが悩ましいといった表情で言う。
「でも何となく違う気がしてね」
シリウス、という名前を聞いて、
「え、あのシリウスですか?」
とアンドロメダが聞き返す。
レグルスも小さく「なっ!」と驚きの声をあげていた。
「そうだよ。あの、シリウスだよ」
「いやでも今は最前線にいると聞いてますけど……………………」
「つまりはそういうこと、……………………知っているかもしれないけど、彼の元には去年アルタイルを送ったんだよね」
「……………………知らなかったです……………………レグルス知ってた?」
それに、レグルスが無言で否定する。
「てなわけで、君たちにはポールさんのところに行ってもらいます……………………リオン!」
アルが誰かを呼ぶ。
数秒間、空白の時が流れた。
そして――――――――
爆音と共に空から何かが降ってきた。
そのまま目の前の地面に突き刺さり、砂埃を巻き上げる。
顔を背け数歩下がり、様子を覗う。
「槍……………………!?」
アンドロメダが言う。
それはたしかに、槍のような形をしていた。
「いかにも……………………………………これは槍である」
砂埃の奥から声がした。
少しかすれた、疲れたようにも聞こえる低い声。
アルが軽く手を振り、砂埃を払う。
見えない大きな力に動かされ、一瞬にして視界が晴れた。
「相変わらず登場がかっこいいね……………………リオン、来てくれてありがとう」
アルが朗らかに言う。
それに、リオンと呼ばれた男性は、
「問題ない」
と一言。
静かに、アルに向かって一礼をする。
洗練された所作。
そしてそのまま、電流の走る槍を躊躇いなく掴み、地面から引き抜く。
こちらを見て、
「ポール隊より、リオンと言う」
と、また一礼。
リオンは長い黒のローブを羽織り、同じく黒のストールを首から下げていた。
ウェーブした黒髪に、小さな眼鏡をかけ、静かに佇んでいる姿はまるで高位の神官のようである。
アルが嬉しそうに口を開く。
「リオンは現役の精霊騎士だよ。ノルンはまだ見習いだけどね」
それにリオンが頷く。
「われも暇ではないのだ、話しは道中にする。……………………発つとしよう」
「そうだね…………じゃあ後はよろしくね、リオン」
二人が視線を交わす。
よく知った仲なのだろうか。
次にアルがこちらを見る。
「ペルセウス………………またね……………………また会おう」
懐かしそうに笑う。
つられて少しだけ、昔を思い出してしまった。
――――――――――――
最初の雫が頬に当たり、雨の訪れを告げる。
大好きな、雨。
大好きな雨が降って、また世界が回り始めた。
今も昔も、それだけは変わらないのだ。
きっと、これからも……………………。
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