第18話 ペルセウス


 ――――――――実はね。


 闘技場を後にし、校舎を出て寮に向かう途中、アンドロメダが言ってきた。


「実はね……………………」

「うん?」

「……………………レグルスは精霊の力が使えない体質なんだ」


 ――――――――――――!?

 

 精霊の力が使えない者がいることは、もちろん知っていた。

 精霊国の中でも、商店や飲食店などの一般職に就いているほとんどの者は力が使えない。

 がしかし、それがエリート校であるレインフォールの、ましてや騎士科にいるというのが普通では有り得ないことなのである。


「まったく使えないのか?」

「まったくだね……………………。まぁそのせいで王位を継げないこともあるんだけど」

「そういうことか…………」


 なかなかに重い話だ。

 王家に生まれて、精霊の力に惠まれないということは、周りからの風当たりが相当強かったことだろう。


「どうやって騎士科に入ったんだ?」

「それは…………レグルスの剣だよ。あれ、神器なんだ」


 ――――――――神器。

 アンドロメダはたしかにそう言った。 

 それも、剣の神器。

 

「……………………王家で集めてるやつか?」

「それが違うんだよ。経緯はよく知らないんだけど、レグルスが自分で手に入れたみたいなんだ」


 精霊国じゃなくても、この世界で「神器」という存在が圧倒的な力を誇り、各国が血眼になって探しているという事実は有名だった。

 神器にも様々あるが、剣や弓など、武器の形を取っているものが所有者の武力に直結することは言うまでもない。

 

 大抵の場合見つかった神器は国が高く買い取るか没収するのだが、


「よく持たせてもらってるな、流石は王家って訳か?」

「そこら辺はよく分からないんだ」


 レグルスと王家の関係については調べてみる価値がありそうだった。


 ――――――――――――


 見覚えのある芝のグラウンドを横目に、整備された道を進む。

 

 それにしても広い敷地。

 森に囲まれているこの地で、当然と言えば当然なのだが、狭苦しい王都のスラムや夜の街と比べると圧倒的である。


「着いた!…………多分ここ」


 アンドロメダが言う。

 目の前には、石造りの建物が建っている。

 それは、そこら辺の貴族の邸宅ほどの貫禄があった。


「これが、騎士科の寮なんだよ」


 アンドロメダが言う。

 キール家とやらの者から見ても驚く程、建物は豪奢な造りになっていた。

 しかし、

 

「ここに住む訳じゃないんだろ?」

「そう、騎士科はすぐに現役の精霊騎士のもとに配属されるからね……………………そこで騎士見習いをするって訳」

「なら泊まるのは今日だけか?」


 それに、「うーん」とアンドロメダが表情を曇らせる。


「そこらへんは僕も分かんないんだよね……………………まぁ、とりあえず今日はゆっくり休もうよ」

「あぁ」


 門に近付く。

 鉄柵の門を開け、中に入る。

 

 もう日は落ちかけ、空が赤く染まり、整備された石の歩道に長い影が伸びていた。


 その瞬間、一斉に松明が灯った。

 寮の玄関、部屋、壁――――――。

 一斉に明かりが灯る。

 柔らかな光が小道の両脇を照らし、光の道となって寮の玄関へ伸びている。


「やるなぁ」


 アンドロメダが横で呟く。


 二人して、呆然とその光を見ていた。

 時が止まったかと思うほど、世界が煌めいていた。


 ――――――――――――


 翌朝。

 優に百人は泊まれそうな寮の、大きなダイニングホールに集まったのはたったの5人だった。

 女子と男子で寮が違ったため、ここには男子しかいない。


「それで、いつ来るって?」


 朝から爽やかなアンドロメダが、もう一人の知らない男子生徒に聞く。

 男子生徒は緊張したように答える。


「じきに来るかと…………」


 それに、


「具体的な時間を言え………………………………、俺の時間を無駄にするな」


 と言ったのはレグルスである。

 こちらはひどく不機嫌そうな顔で椅子に深く腰掛け、長い脚を組み、頬杖を付いている。

 無造作に垂れる長い白髪が、相変わらず美しい。


「レグルス、まぁそう言わずに……………………待てない男はモテないよ」

「黙れ」

「やだね」

「死ね」

「こわーい」


 などと、朝から賑やかな二人を横目に、ペルセウスは男子生徒をこっそり観察する。

 扉の近くに立ち、どうしていいか分からない様子。

 それもそのはず、同じ空間に王子がいて、これは昨日聞いた話だが精霊国における大貴族家の一つであるキール家の者まで一緒にいるのだ。

 緊張して当たり前というものだろう。

 

 それにしても、レグルスやアンドロメダと比べても実力が低すぎる。

 今後大丈夫なのだろうか、と少しだけ心配になるが、騎士見習いの中でも精霊騎士になれるのはほんの一握りで、それ以外は騎士のサポートをするような役目に就くらしいから心配要らないのだろう。


 ――――――――――――

 

「……………………なら丁度いい、朝の修練がしたかったところだ。…………外に出るぞ」


 どうやらあれからヒートアップしているようで、レグルスの声が嫌でも耳に入ってくる。


「一人でやってなよ……………………、お外で棒切れ振り回してらっしゃい」

「…………………………前言撤回だ。今この場でやってやろう」

「はぁ、まじかよ」


 レグルスが、傍らに置いていた長剣を抜き放つ。

 とほぼ同時にアンドロメダも、両手に精霊の力を凝縮させる。


 長机を挟んで向かい合う形の二人。

 どちらも、動かない。


 大きすぎる気に当てられてか、男子生徒が床に倒れ込み嘔吐する。

 やはり実力が低い。

 

 いや、二人が飛び抜けているのか……………………。


 ともかく、自分はどうしようかと少し考える。

 止めに入るのは面白くないが、見ているだけなのもつまらない。


「無理だよ、レグルス。…………君に負ける気が、まるでしない」

「言ってろ」


 まだ距離があるが、レグルスが水平に剣を振るう。


 それに、アンドロメダが右手を軽く上げる。

 爆音と、凄まじい衝撃波が周囲を襲う。


「やっぱりね……………………」


 アンドロメダの右手が、レグルスの長剣を止めていた。

 いや、その剣はもはや大剣と呼べるものだった。

 これが、レグルスの持つ神器。剣の大きさを自在に変えられるということだろう。


「君は自分が思っているより強くないよ……………………もっと本気でやらないと傷一つつけられないんじゃない?」

「……………………」

「かわいそうだからやり返さないであげる、だからもう剣を引けよ」


 アンドロメダが言い、目を細めレグルスを睨む。

 それに少しだけ、レグルスが剣を引こうとしてみせる。

 がしかし、


 次の瞬間さらに力を込めて縦に薙ぐ。

 それにはさすがのアンドロメダも飛び退いて避けた。


「これでもまだそんなに余裕か?」

「……………………余裕だね」

「くそが!」


 レグルスが長机を飛び越え、さらなる剣戟を叩き込む。

 対するアンドロメダは一振り目を一歩動いただけで躱し、続く刃も器用に左右の強化した手でいなしてしまう。


 この攻防を見ている限り、実力はたしかにアンドロメダの方が上のようだ。

 そもそも、レグルスは神器を完全には使いこなせていない。同じ神器を使う者として、それは見れば明らかだった。


「そろそろやり返すよ?」


 アンドロメダが言う。

 レグルスの変則的な連撃を軽く躱しながら、笑っている。


「……………………」

「怪我させちゃったらごめんね」


 次の瞬間、周囲の空気が一気に冷え、窓に霜が降り始める。

 さらに温度は下がっていく。

 もう常人では絶えられないほどの気温だろう。


「もう一人いることを忘れてるな」


 小さく呟き、ペルセウスは立ち上がる。

 扉の前でうずくまり、震えている男子生徒を立たせる。


「平気か?」

「……………………」


 それに、無言で首を横に振る男子生徒。顔は青ざめ、目から光が消え失せている。

 まるで死人のようだ。

 その男子生徒に、


「これを掛けていろ」


 と、首から吊るしたネックレスを外し、男子生徒に掛けてやる。

 すぐに血色が戻ってきた。


 神器にはある程度の力に対する抵抗力があるため、持っているだけでも様々な恩恵が得られるのである。


「あ、ありがとう…………ございます」


 などと言う男子生徒に頷いて返し、まだ暴れている二人に視線を移す。


「ほらほら避けないと腕無くなるよ?」


 アンドロメダが至近距離でレグルスに向けて氷塊を飛ばす。

 怒り心頭といった様子のレグルスは、それを素手で横に弾く。そして間髪入れずに蹴りを放つ。

 アンドロメダは辛うじて腕でガードするも、衝撃で後ろに飛ばされる。

 それでもなお、レグルスは追撃に走る。

 が、


「馬鹿め、引っかかってやんの!」


 その瞬間、レグルスが踏み込んだ地面が爆発する。

 いつ仕掛けたのか、違う属性の魔法が設置されていたようだ。


 しかし、ペルセウスには分かる。

 レグルスもレグルスで、小細工を一つ用意していた。


 煙が流れ、視界が晴れると、レグルスは無傷で立ち尽くしていた。

 その手に剣はない。


 アンドロメダが一瞬焦る。

 が、既に遅い。


 今までよりさらに大きく、さらに強化されたレグルスの剣が、アンドロメダの反応できない角度で、速度で、その首筋に迫っていた。


 ――――――――――――

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