第17話 ペルセウス


「いやぁ、反則でしょ」


 アンドロメダは思わずぼやいた。

 

 ここは騎士科の一年生に与られた控室。

 今しがた、アルタイルと一年首席との模擬戦が終わったところである。

 

 学園長が挨拶をし終え、定められた位に従い国の要人らが退席していく。

 待っている生徒や他の観客らは、あのアルタイル・ドレスデンを圧倒した謎の一年生に興味津津である。


 ――――――――学園長もお気に入りっぽいし?知り合いなのかな?

 ――――――――あの剣見たか?


 一方控室では、


「好かん」

 

 とレグルス。

 興味がないのか、興味がないふうに装っているのか、恐らく後者だろうなとアンドロメダは思う。

 ヴィクトリアも、

 

「……………………たしかに知り合いのような感じでしたね」


 と頷く。


「名前なんて言ったっけ?」

「ペルセウスです…………姓が無いということは何か訳があるのでしょうか」

「たしかにね、訳あって隠しているのか僕と同じ孤児なのか…………………………まぁすぐに分かるでしょ」

 

 意識を集中すれば分かる。

 先程まで下で戦っていたあの強大な気配が、こちらに近づいてきている。

 

 こちらに来るならば、聞いてみればいい。


 レグルスはもうこちらを見てもいない。

 豪奢な椅子に足を組んで座り、壁と正対し睨み合っている。

 あからさまに不機嫌な顔で、見る物全てを睨みつけるような眼差しである。


「……………………レグルス、笑ってみて?」


 何の気もなく、言ってみた。

 自分たちが帰るまでまだしばらくかかりそうで、その間の暇つぶしである。

 それにヴィクトリアが、


「アンドロメダさん、何てこと言うんですか!」


 と声を上げる。

 それにレグルスが、こちらを見ずに言う。


「キール、お前は少し黙れ……………………ヴィクトリア、お前もそんなに庇われると俺が笑えないやつみたいになるだろう?」


 ヴィクトリアが、「あ」と間の抜けた声を出す。


「笑えないなんて可哀想な奴め」

「アンドロメダさん!…………王子だって笑ったことくらいありますよ………………ね?」


 と、レグルスの方を見る。

 

「無いが?」


 と、レグルス。

 固まるヴィクトリア。

 レグルスはそのまま壁を睨み続ける。


「あはは…………そんな奴放っておこうよ、もうすぐ来るから……………………」

「来るって誰がですか?」

「もちろん首席君だよ」


 そう言って入口を振り返る。

 ちょうど、一人の生徒が入ってくるところだった。


 ――――――――――――


 今しがた戦闘を終え、ペルセウスは暗い階段を上る。

 何人かが談笑している声が聞こえてきた。

 踊り場で立ち止まり一呼吸置く。


 ――――――――なんて言おうか?


 遅れたことを謝る?

 知らない顔をして黙って入っていく?

 それとも自己紹介でもしておこうか?


 しかし、こういう時は悩んでいても仕方ないのである。

 必要な会話は自然と出てくるだろうし、無理に関わり合わないといけない決まりもない。

 ただ、ミラは「学園に行けば一生付き合う仲間が見つかる」と言っていた。

 そして、その言葉がずっと気になっていた。


 階段を上りきり、狭い通路を進むと部屋への入口が見えてきた。

 扉はない。

 一人の生徒が気配を感じたのか、ちょうどこちらを向いて、目があった。

 

 柔らかな茶色の髪。

 顔に穏やかな笑みをたたえた青年。

 その青年がこちらへ来る。


「やぁ、ペルセウス」

「……………………あぁ、お前は?」

「アンドロメダ・キール、キール家の末席に加えてもらった養子だよ」


 キール家。

 言い方からして特別な家なのだろうが、良く分からない。

 

「そうか…………養子なのか」

「うん」

「何歳から?」

「養子になったのはほんの数年前だよ。それまでは施設で色んな訓練やら教育やら……………………」


 ――――――――そういう事か。


 一部の特権階級の家系は、孤児を集めて優れた才能を見出し、養子に迎えるのだと聞いたことがある。

 そして、その過程がかなり過激なものだとも………………。

  

 苦労したんだな、と思う。

 だからこそ、こんなに朗らかに笑っているのは少し異常なことで、この青年には注意を払う必要がありそうだった。

 そして、この部屋にいる中で自分を除けば一番強いのも、恐らくこの爽やかな青年だ。


「…………よろしくな」


 それにアンドロメダと名乗った青年は微笑んで返す。


「今のでキール家がどういう家か分かったのかい?」

「大体予想はつく……………………拾った孤児を競わせることで優秀な血統を残すんだろ?」

「まぁそんなとこ」

 

 孤児には気の毒だとは思うが、やり方が間違ってるとは特に思わない。


 と、アンドロメダが今度は横に向かって、


「君も挨拶くらいしなよ、この人学年首席だよ?」


 などと言う。

 向こうを向いて置かれている、背もたれの大きい椅子。

 こちらからは座っている人物は、見えない。


 一つ、深いため息が聞こえ、同時に一人の青年が立ち上がりこちらを振り向いた。


「……………………レグルス・スターライトだ」


 綺麗な白髪を長く伸ばし、一目で分かる上質な上着を着た美青年。


「スターライト……………………王家の者か?」


 それに、

 

「それは知ってるんだな」


 と、不機嫌そうに答える。

 心なしかその目線は、こちらを睨んでいるように見える。

 そのまま、


「学園長とはどんな関係なんだ?」


 と聞いてくる。


「顔馴染みがあっただけだ」

「顔馴染み?…………詳しく話せ」

「あぁ、いつかな」


 またこちらを睨んでくる。

 冷たく、鋭い瞳だ。

 拗ねているように見えなくもない。


「ごめんね、彼、首席取れなかったのが悔しいんだ」


 横にいたアンドロメダが笑いながらフォローするも、


「黙れ」


 と、一言。

 アンドロメダはやれやれと首を横に振る。


「まったく、これだからお坊ちゃんは……………………」

「一生声が出ないようにしてやろうか?」

「ごめんて、あんまり怒らないで」


 謝りながらも笑っているアンドロメダ。


 この二人は相当仲が良いようだが、昔から知り合いなのだろうか?

 それにしても、王家の者に対してここまで自由に発言できるものなのかという疑問が残る。

 しかし、その点についてレグルス・スターライトは一切気にしていないようだった。


「……………………王位は継ぐ予定なのか?……………………何も知らなくてすまない」


 何となく、聞いてみる。

 レグルスがこちらをじっと見て、少し考える素振りを見せる。

 そして、

 

「……………………上の兄弟がいる」


 と言う。

 しかし、不確かな記憶だが、精霊騎士の中にスターライトの名前を持つ者はいなかったはずだ。

 となれば、


「精霊騎士になると王位を継承できないのか?」

「……………………そうだ」

「なるほどな」


 この王子は王位継承に興味がないふうに装っている。が、実際はかなり執着しているように思える。

 

 しかし何か引っかかる。

 王位を継ぎたいなら精霊騎士を目指すはずがない。

 この王子も養子か、それとも何か他の理由があるのだろうか。

 アンドロメダ・キールにしても、レグルス・スターライトにしても、何か暗く大きいものを隠しているような気がした。


「直感を信じよう」


 ペルセウスは小さく呟いた。


 ――――――――――――


「皆んなこの後どうする?」


 アンドロメダが闘技場の様子を見て、言う。

 しばらく何でもない会話をしているうちに、国の要人らが座っていた席は空き、続いて生徒も続々と退席し始めていた。

 

「寮に戻るだろ?」


 とレグルス。


「寮ってどこにあるんだっけ?…………レグルスもう行った?」

「建物の配置くらい頭に入れておけ」 

「………………………………てことはつまり場所は知ってるのね、じゃあ案内よろしく!」

「貴様……………………!」


 レグルスが怒りを露にする。

 そんなレグルスの反応を見て、アンドロメダは笑っている。

 

 そう言えば、


「試験の成績はどっちが上なんだ?」


 気になっていたことを聞いてみる。

 それに、「待ってました」とアンドロメダが目を輝かせる。


「僕が次席でレグルスがその次!」

「……………………」


 レグルスは何も言わない。不服そうにあらぬ方向を向いてしまう。

 が、不意に振り向いて聞いてくる。


「…………試験にいたか?」

「俺は………………受けてない」

「なに?」

「だから、試験は受けてない」

 

 それに、レグルスが殺気立つ。

 

「なら何故首席なんだ?」


 と、詰め寄ってくる。

 目線はほぼ同じくらいで、見れば見るほど整った顔立ちである。

 

「学園長と知り合いなんだろ?試験もせずに首席で入学か?」


 こちらをじっと睨み、言ってくる。

 それに一言、

 

「……………………怒るなよ」


 と返す。

 そこにアンドロメダも割り込んでくる。


「レグルス、流石に分かれよ……………………この中で一番強いのは誰だ?」

「………………………………」


 アンドロメダが、初めてその顔から笑みを消し、言う。

 誰も口を開かず、睨み合いが続いていた。


 ――――――――――――

 

 不意に入口の方から声がして、重たい沈黙は破られた。


「……………………失礼します、レグルス王子……………………話があるから来るように、とのことです」


 見ると、黒のローブを羽織った、いかにも「執事」といった男が一人、こちらに頭を下げていた。


「母上か?」


 とレグルス。

 それに男は、「はい」と答える。


「場所は?」

「ご案内いたします……………………ご移動の準備はお済みでしょうか?」

「あぁ」


 それに男は頷き、一礼して消えていく。 


「……………………見ての通りだ、用ができた」


 レグルスが言う。

 心なしか、少しだけ表情が暗い気がした。


「そうみたいだね」


 アンドロメダももう、先程の鋭い表情は消え、変わらず朗らかに笑っている。

 

「あぁ、だから寮へは勝手に行け。それと……………………ペルセウス、俺はまだお前に負けてない」

「……………………たしかにな」


 レグルスはきっと、自分で経験したことしか信じないタイプなのだろう。

 正直、負ける気は一切しないが、それでも、自分と戦うことでさらに強くなってくれれば良いな、と思う。


 何故なら――――――――――――

 

 レグルスやアンドロメダは、これから行動を共にするだろう「仲間」なのだから――――――――――――。 

 

「え、レグルスとペルセウス戦うの?僕もいい?」


 と、アンドロメダが口を挟む。それに、「いいよ」と言おうとして、しかしレグルスが、


「お前は後だ」


 と一蹴してしまう。

 まだうるさいアンドロメダを置いて、「また明日な」と、レグルスが暗がりに消えていった。


 ―――――――――――― 

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