第16話 ペルセウス
――――――――――――
アンドロメダ・キールは寝てしまった。
レグルスは足を組んで椅子に座り、控室を見回した。
ここにいるのは六人。
端のほうで寝ているアンドロメダと、薄紫の髪が特徴的なヴィクトリア。他は興味がなかったが、いずれも有力な貴族の子息子女だろう。
「全員、敗れたな………………………………俺も、お前らも」
誰にともなく、そう言う。
それに、
「王子は上級生を二人負かしたじゃないですか。自分たちが負けた相手を二人………………」
と一人の男子生徒が答える。
それに、「そうですよ」と他の生徒も頷く。
そんな言葉がなんの意味もないことくらい彼らも分かっているだろう。
いや、もしかしたら分からないのかもしれない。
昔は良かった。
精霊騎士といえば血で血を洗うような戦場に身を置き、どんな絶望も剣とその身ひとつで乗り切ってみせる精霊国の英雄。そこに権力や金銭が関わることは一切なく、求めるものはより強い力のみだった。
だが今は?
精霊騎士になることが目的になってはいないか?
名誉や権威を手に入れたいだけなのではないか?
そんなことが頭をよぎる度に、レグルスは自分自身に問いかけていた。
――――――――自分はこれから何をして、どうなる?
――――――――――――
「アンドロメダさん、起きて下さい……………………学園長来ましたよ?」
ヴィクトリアが寝てるアンドロメダを軽く揺さぶる。
眠そうに起き上がるアンドロメダ。
「………………もう終わり?」
「みたいですけど…………………………」
二人が話している。
いつの間にやら、随分と親しくなっているようだ。
不意にアンドロメダがこちらを見て言ってくる。
「あ、レグルス……………………おはよう」
何の意味もない会話。
「だからなんだ?」
「おはようって言われたことないの?」
「…………何が言いたい?」
「見ててよ……………………おはよう!ヴィクトリア!」
「はい、おはようございます、アンドロメダさん」
「これだよ、君は挨拶もできないのか」
馬鹿らしい。
つくづくふざけた奴だ。
「何故俺がお前に挨拶するんだ?」
「すればいいでしょ………………それより見ようよ」
アンドロメダが移動する。
学園長はちょうどここと同じくらいの高さのバルコニーに立っていた。
「……………………騎士科の皆さん、今年も模擬戦を盛り上げてくれてありがとう。第一線を退いて錆びついたこの身が疼くようだったよ………………………………」
淡々と話す学園長、アル=ファラス・イリス。
「第一線を退いた」ということは昔は前線で活躍していたということだろうか?
「レグルス、良かったね。褒めてもらえたよ」
「……………………舐めるな」
アンドロメダの無駄口を両断し、話に戻る。
「………………………………しかし、もう少しだけお付き合い頂けないかな?………………彼は午前の入学式には少し遅れてしまったようだけど、今到着したからさ。………………………………相手をしてくれないかい?ドレスデン君?」
――――――――――――!?
入学式に遅れてきた人で、これから模擬戦をするといったら一人しか思い浮かばない。
「首席か?」
「ようやくお出まし?」
闘技場では既に、再び出てきたアルタイルが戦闘の準備をしていた。
学園長も話が終わったようで、奥の方に戻っていった。
会場は期待と疑念に大きくざわめいていた。
――――――――――――
「こちらからご入場下さい。それでは失礼します…………」
地下にある闘技場の、その場内への入口。
薄暗い石の階段を下ると、湿った冷たい空気が吹き抜ける空間に出た。
案内をしてくれた教員が、再び階段を登り戻っていく。
視線を先へと移すと、入場口から白い光が漏れていた。
設備こそ違えど、見慣れた景色。慣れた感触。
首から下げた金属のペンダントが、暗がりで光っていた。
闘技場に足を踏み入れる。
明るく、広々とした空間。
いつものような歓声は、無い。代わりに疑いの声や探るような視線が向けられる。
王都にいた時も、始めはそうだった。
でも――――――――――――
「すぐに変わる」
中央へと進む。
そこには既に対戦相手であろう生徒が待っていた。
「アルタイル・ドレスデンだ。君が今年の一年の首席だね………………」
「すぐに始められるか?」
「………………始めたいのか?」
「あぁ」
「分かった」
アルタイル・ドレスデンは少しだけ苛立ちの表情を見せる。
が、すぐに距離を取るため後ろに下がっていく。
その間も目線は逸らさない。
空間に緊張が走っていた。
客席も今では静まっている。
「………………………………それでは………………………………始め!」
――――――――――――
「同化せよ」
アルタイルが言う。
精霊同化。
精霊騎士の基本の戦い方である。
「そのくらいは出来るんだな」
「同化のことか?」
「あぁ……………………」
生徒と聞いていたが、精霊同化が使えるならそこそこ戦えるんだろう。
「これでも学年一位なんでね、君がどれほど強いのか試してみよう」
アルタイルが精霊を身に纏い、こちらに向かってくる。
どうやら王都の地下闘技場とは相手のレベルが違うらしい。
しかし、
「同化が甘い」
既に眼前まで迫り、刀を抜かんとしているアルタイルを見る。
そして、首から下げたペンダントを握り、そのまま勢いよく下に引く。
チェーンがちぎれる。
「なに!?」
勢いよく振り払った刀が不意に弾かれ、アルタイルが一瞬怯む。
ペルセウスの手には白銀の剣が握られていた。
透き通る水のような、美しい剣身。
――――――――――――テンペスト。
ペルセウスがミラから譲り受けた神器。
普段は金属で装飾された宝石の欠片のようなペンダントとして首からかけているが、チェーンを引きちぎると剣の形になる特殊なアーティファクトである。
「殺しは、しない」
そのままテンペストを振るう。
かろうじて返す刀で防御するアルタイル。しかし圧倒的な膂力の差に大きく身体が吹き飛ばされる。
突然のことに、会場が大きくどよめいた。
「立てるか?」
「心配痛み入るが、俺は精霊騎士だ……………………情は要らない」
「精霊騎士?…………………………違うだろ」
アルタイルが苦しそうに呻き、額の血を拭う。
同化を纏っていようと、腕や指など骨の数本は軽く折れているだろう。
なんとか立ち上がったアルタイルが、刀を構える。
しかし握りは甘く、その姿勢は隙だらけで、到底戦えるような状態ではなかった。
同化も部分的に解けてしまっている。
「まだやるのか?」
「そう簡単に、負けるわけには…………いかないからな」
「……………………負けても死にはしない」
「生死と勝敗はまた別物なんだよ」
「そうか」
アルタイルを見る。
精霊の力を得て、ダメージも少しは回復しているようだ。
「……………………なら死ぬなよ」
と一言、ペルセウスは大きく一歩踏み込んだ。
――――――――――――
精霊騎士。
それは一騎当千を現実にする圧倒的な武力。
たった一人で千の軍勢を滅ぼし、数人で国を攻め落とす。
精霊騎士は、常に孤高の存在であった。
努力すればなれるものではなく、才能があればなれるものでもない。
どんな過程を経ていようと、絶望的なまでの強さを手にしたものが精霊騎士なのだ。
――――――――――――
テンペストを大きく振るう。
あまり力は込めずに、軽く、優しく。
アルタイルはまだ反応できてすらいない。
「仕方ないな」
剣の腹で、叩く。
この程度なら致命傷にはならないだろう。
「ぐはっ!」
アルタイルが物凄い勢いで吹き飛ばされる。
精霊との同化による装備が粉砕され、緑の光が宙に散って消える。刀が手を離れ遠くに転がっていった。
もう意識もないだろう。
あっという間の出来事に静まる会場。
「こんなものか……………………」
思わず呟く。
しかし、考えてみればまだ学生なのだから戦えなくて当然だろう。
審判員が、横たわって動かないアルタイルを見て呆然と立ち尽くしている。
すぐに気を取り直し判定を下す。
「……………………勝者…………ペルセウス…………」
「姓は無い」
それに、審判員は軽く頷く。
「勝者、一年首席ペルセウス!…………よって模擬戦は一年の勝利とする!」
大きな歓声があがった。
沸き立つ観衆、集まる視線、持て余した力……………………。
だが、今日からはそれだけでは終わらない。
使命や目的、仲間ができて、ミラが言うには「楽しい」人生が待っているのである。
「これで全部終わりか?」
聞いてみる。
不意に現れた学園長、アル=ファラス・イリスが答える。
「終わりだよ…………。一年生の控室に行くといい」
「分かった」
今日の工程はこれで全て終わりなようだ。
「………………………………それでは解散」
背後でアルの声がする。
それを合図に、位の高い者から会場を後にしていく。
生徒はまだしばらく待つことになるだろう。
それなら、
「仲間とやらに会いに行こうか」
ペルセウスは暗い階段を上っていった。
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