第15話 ペルセウス
一方――――――――
レインフォールで入学式が始まる頃、ペルセウスはまだ森の小道にいた。
空は既に明るい。
そこからさらに一時間ほど歩いてようやく、学園の管理する敷地に差し掛かった。土の小道は石畳となり、等間隔に街頭の並ぶ道が遙か先まで続いていた。
「遅刻かな……………………」
ちょうど雲の隙間から顔をのぞかせた太陽を眺める。
雨脚は弱まり、雨に濡れた葉や水溜りが朝の光を受けて輝いていた。
やがて、大きな両開きの鉄の門が見えてきた。
太い鉄の格子である。
格子の先端は槍のように鋭くなっており、その脇に建つ守衛の小屋よりも遥かに背が高く、大きかった。
その隙間から学園の青い芝と高い塔が垣間見えている。
――――――――――着いた!
近づくと中から、武装した中年くらいの大柄な男が出てきた。
「学園の生徒か?」
それに、「あぁ」と答える。
「校章を見せろ」
言われたとおりに見せる。
「新入生か?入学式ならもう始まってるぞ」
「だろうな……………………遅刻だ」
それに男は、ガハハと豪快に笑う。
「やるなぁお前!…………待ってろ、今開けてやる」
そう言い、腰に下げた鍵束を取る。
が、しかし――――――――
「いいよ」
と言ってペルセウスは、その小屋よりも高い門を軽く飛び越えてしまう。
ニ、三歩の助走と、途中で鉄の柵を掴み、次の瞬間には反対側に着地する。
「お前、騎士見習いか!?」
「……………………」
それを見た男が、驚いたようにこちらを凝視して言ってくる。
騎士というのは精霊騎士のことだろうが、見習いだとか詳しいことについては何も知らなかった。
「これは失礼をした…………俺はバロッツという」
男は態度を変え、謝る。
こちらを見つめ、「他に何か?」と伺ってくる。
この学園において、精霊騎士…………いや、「騎士見習い」でさえ相当な影響力を持っているようだった。
「…………この後は…………どこに行けばいい?」
学園の門を抜けてもさらに道は続き、その先に青い芝が整備された美しいグラウンドが広がっている。
その奥に、歴史を感じる荘厳な建物――――城と言っても過言ではない――――が見えていた。あれが校舎だろうか?
「真っ直ぐ行くと入口がある。そこにも守衛がいるから聞くといい……………………一応言っておくと、中庭を通り過ぎた先だ」
「分かった」
「おう、頑張ってな!」
それに、ひとつ頷いてあるき出した。
バロッツ――――――実力はそこそこあるようだが、どうやらこの職に満足はしていないようだ。
昔は有名な傭兵とかだったのだろうか?
――――――――――――
しばらく進むと、石造りの門が見えてきた。
両脇に武装した守衛が五人程、暇そうに雑談している。
――――――――道を聞くか?
しかし、多少近づき難い雰囲気がある。
普段から人と話すことを避けて生きてきたペルセウスにとって、人に話しかけるのは難易度の高いことだった。
それも仲間内で談笑している集団には特に………………。
そのまま横を通り抜けようとする。が、案の定声をかけられた。
「おい!止まれ!…………お前生徒か?」
「………………あぁ」
「入学式の日だぞ?ここで何してる?」
「遅れた………………………………今から行く」
守衛達が顔を見合わせ、笑う。
「……………………お前、良い根性してんな。一年か?」
「………………あぁ」
「お前貴族じゃねえな。陛下も来てるのに遅刻して来る馬鹿はいないぜ」
陛下――――――スターライト家の当主。
いつだかミラが連れてきた人の中にスターライト家の者が一人いたはずだ。純白の髪が印象的だったのを覚えている。
「………………どこに行けばいい?」
「馬鹿だなぁお前…………………………ここを真っ直ぐ行け。でかい扉があるから分かるはずだ」
「………………分かった」
背後でまた笑う声がする。「もう終わってるぜ」という声も聞こえるが、気に留めることなく会場へと急いだ。
――――――――――――
かなり遅れてしまった。
式はもう本当に終わっているかもしれない。
ただ、挨拶くらいはしないと「彼」が不安になるだろうから、例え入学式がもう終わっていようと、会いに行かないといけなかった。
綺麗に整備された中庭を突っ切って、巨大な両開きの扉の前に着いた。
年季の入った、木製の重厚な扉である。両脇には鎖が伸びていて、開閉するための大きな滑車のような物が置かれていた。
ペルセウスは扉に手を掛け、押す。
「おい!お前、何をしている?」
どうやら運悪く衛兵に見つかったようだ。通路の右側から一人、格の高そうな男が歩いてきた。
「中に、入るぞ?」
「学園の生徒ならば地下闘技場にいるべき時間だ。お前は誰だ?何故ここにいる?」
男は腰に下げた剣に手をかける。
それに、
「待て………………俺は学園の生徒だ。今日は式には遅刻した」
「……………………遅刻だと!?」
「あぁ、雨が降ったからな」
「……………………百歩譲って遅刻はいい。だが、式は終わっているから大広間に入る意味はないぞ?」
たしかにその通りではある。
ただ施設を見ておきたいだけだった。
「少し見るだけだ」
そう言って、扉を押した。
「その扉は両側から二人で開閉するものだ。押して開くものではない……………………」
しかし、構わず押す。
鈍い音を立てて扉が動く。
そのまま一歩、二歩と前進する。
背後で、「な!お前!」と衛兵の驚く声が聞こえるが、気にしない。
大きく扉を開け、中に足を踏み入れた。
――――――――――――
そこは予想よりも遥かに広く、華美な空間だった。
精霊国の王族、スターライト家の居城だと言われても頷けるほどである。
繊細で、装飾的で、実用的で、威厳のある荘厳な造り。普通の建築技術では到底生み出せない領域の建築物。
こんな事ができるとしたら………………………………。
「イリスの芸術か?」
ほんの小さな独り言。
しかし、それに誰かが答えた。
「よく分かったね」
と同時に、背後に人の気配が現れる。
振り向いて確かめるまでもない。
この気配と、この声は――――――――――――――
「アル=ファラス…………イリス」
「久しぶりだね、ペルセウス。……………………八年ぶりかな?また会えて嬉しいよ」
「……………………あぁ」
「聞きたいことがたくさんあるなぁ……………………今までどこで何をしてたのか、なんで今年は来てくれたのか、今の君の心境………………………………」
「……………………」
「でもいいよ。今はとにかく会えてよかった!…………学園には入学するんだよね?」
「……………………あぁ、しばらくよろしく」
「うん!」
アルは嬉しそうに笑っている。
長髪を一つに結わえ、透き通る眼鏡をかけた、学者のような外見。落ち着いた瞳と、白く綺麗な肌。
アル=ファラス・イリスはどういう訳か年を取った様子はなく、記憶のままの姿でそこにいた。
そして、自分のことを本当に心配してくれていたようだ。
例え、過去にミラとの何らかの取り引きがあったのだとしても、自分の身を心配し、気遣ってくれる人がいるということは有り難いことだった。
「それはそうと……………………この建物はイリスの芸術なのか?」
ちょうど、イリス家の末裔がここにいるのだ。聞かないわけにはいかない。
「君はイリスの芸術が分かるのか!?……………………昔から君には驚かされてばかりだよ」
アルが言う。
イリス家のことを知っている人なら大勢いるだろうが、それを見分けることができる者はそう多くない。
恐らくそこに驚いているのだろう。
「少し、調べていたんだ……………………」
イリス――――――――かつて大陸全土を支配していた一族。彼らは独自の「創造魔法」を発展させることで神にも等しき力を得たという。
中でも初代イリスの血を色濃く受け継いだ直系の子孫たちが生み出した創造物のことを「イリスの芸術」と呼び、今日では神器と並ぶ存在として神聖視されているのだった。
「…………なんで学園なんだ?」
「ん?」
「一国の主城にでもすればいい」
「……………………私も詳しいことは言えないけど、昔は誰かが住んでいたらしいよ。作ったイリスの者が誰かに贈ったらしいんだ」
全盛期のイリスが城を贈った相手。
「……………………気になるな」
「まぁこれ以上は私も知らないから、頑張って調べてみてね……………………。それより君の話をしようよ」
「俺の話?」
「うん。もう式は終わって、今は新入生の代表が地下で模擬戦をやってるんだよ………………………………今からでも出れるよね?」
アルが聞いてくる。
こちらを試すように窺いながら、楽しそうな笑みを浮かべる。
アルにとってこの模擬戦は、ペルセウスの八年間の成長を見るいい機会となっていた。
「まぁ、君は一応首席だから出てもらわないと困るんだよね」
「………………素直に俺の戦うところが見たいと言え」
「見せてくれるのかい?」
「………………その必要があればな」
冷めてるなぁ、とアルがぼやく。
聞くところによると「騎士科」に入ったらすぐ、何人かに分かれて現役の精霊騎士の下に学びに行くらしい。
そして、精霊騎士になる資格は力を認められること。
つまり、
「力を証明すれば騎士になれるんだろ?」
「まぁそうだね。……………………精霊騎士になりたいのかい?」
「あぁ」
「そう……………………頑張ってね」
何か言葉を飲み込んだようにそう言う。
少しだけ、表情が曇ったように見えた。
――――――ミラと何か関係があるのか。
思ったが、言わない。
「行こう…………場所は?」
「うん、案内するよ」
――――――――――――
どこに行っても、結局やることは変わらない。
持てる力を振り回すのだ。
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