第14話 アンドロメダ
氷の力を凝縮させ、もう一振り剣を創り出す。
両手に剣を構え、アルタイルと対峙する。
――――――――!?
アルタイルの姿が消えた。
レグルスの時に見せたあの力だ。
対抗するために、冷気を放出する。
今度は凝縮するのではなくそのまま大気に放出するような感覚だ。
周辺の空気が急激に冷やされる。
とそこで、ほんの少しだけ、誰にも分からない程度に霧状の水を放出する。
この程度であれば氷の力だと誤魔化せるだろう。
霧状の水はすぐに冷やされ、霜となって空間に漂う。
そしてさらに、空気が動くように微風を作り出し霜を移動させる。
そして、
「……………………見つけた」
氷塊を創り出し、空間に白い霜が不自然に溜まっているところへ飛ばす。
すぐに空間が揺らめき、氷塊を弾いた。
これではっきりした。
アルタイルのこの不可視の状態は空間と一体化し、精霊との「同化」をしているわけではなく、精霊の何らかの力によって姿を隠しているだけだということだ。
「全部見えるんですよ」
「……………………」
「先輩?…………その状態だと声出せないんですか?」
「いや、出せるよ」
アルタイルがすうっと空間から現れる。
突如、爆風を放ち霜と冷気を全て吹き飛ばしてしまう。
「君もなかなかやるじゃないか!…………王子と違って緻密な力の制御が素晴らしいな」
「だから…………レグルスと比べないでって言いましたよね?」
「ごめんごめん……………………君たちはどうも似てるからつい、ね」
「どこが似てるんですか」
あはは、と余裕そうに笑うアルタイルの顔を見る。
この男はいつでもそうなのだろう。戦いの場において、常に自分の力を信じ、その心に余裕を持っている。
しかし、実践ではそうもいかない時があるはずだ。まずはどうにかして本気を引き出さないと……………………。
そのために――――――――――
「同化せよ」
小さくつぶやく。
その瞬間、冷気が身体中を駆け巡った。
全身の血液が凍りつくような冷気だ。
しかし、冷たくはない。
体に馴染んだこの懐かしい感覚に、心の奥底に閉じ込めていた闘気が再び目覚める。
「本気で戦ってくれるのかい?」
「そのつもりですよ」
「楽しみだな」
そう言いながら、アルタイルはまだ余裕そうに笑っている。
もちろん、これは言わば見せ物だ。ただの、見ている人を楽しませるイベントに過ぎないのだが……………………。
「正直…………大嫌いなんですよね、見せ物として戦うの」
「………………………………」
「殺しに来るなら剣を抜くし、剣を抜いたら殺すまでは止まれない。そんな場所にいたせいで強くなることが楽しいとか、戦うことが好きとか…………そういう人が大嫌いで……」
「…………そうか」
「自分はかなり器用な方だと思っているんですけど、それだけはうまく理解できないんです」
話しながら、同化はほぼ終わっていた。
精霊同化――――――精霊の力を使える者で、ある一定の力量に達した者のみに許された権能のこと。
精霊と同化することにより、通常とは比にならない程の精霊の力を引き出すことができる一方、同化のレベルは使い手の力量に左右されることになる。
まだアンドロメダがキール家の養子になる前のこと、生死の際に立ち、死にものぐるいで力を求めた結果自力で切り開いた境地。
噂では精霊騎士になるための条件のひとつがこの「同化」を使いこなすことだと言う。
アルタイルが空気に紛れ込むのも、この同化と似たような力を使っているのだろう。
「…………強くなりたい理由も、特に無いですし………………」
冷気を帯びた青白い手を見下ろす。
両手に持っていた剣は消え、代わりに先程までよりさらに深い青みを帯び、無駄のない洗練された作りの剣が一振り――――――――――――。
一歩でトップスピードに到達する。
アンドロメダが振り抜いた剣を間一髪、アルタイルは身を引いて躱す。
……………………が、避けきれずに頬を浅く切り裂かれる。しかし、鮮血が散ることは無かった。
アンドロメダのこの剣は触れたものを凍りつかせるほどの冷気で満ちていた。
もしアルタイルが風のオーラで身を防いでいなかったら、剣が顔を掠めただけでも、脳が凍りつく程の大きなダメージを受けていただろう。この剣にはそれくらいの冷気が込もっていた。
頬を抑え、驚きを隠せない様子のアルタイル。
「その年で精霊同化まで!?」
「全然弱いですが………………」
「……………………いやまさか。君の年でそこまで使えるなら数年後には精霊騎士と肩を並べるだろうね」
「それは言い過ぎですよ。…………………………来ないんですか?じゃあ行きますよ」
剣を振るう。
アルタイルとの間にはまだ距離があるが、構わない。
凄まじい冷気が刃となって剣から飛び出す。それは今までにアンドロメダが使った遠隔攻撃と、まるで比べ物にならないほどの威力を秘めていた。
「まじかよ」
遠隔攻撃を察知し、既に刀を構えていたアルタイルが慌てて大きく飛び退く。
「受けたら死にますもんね」
次から次へと、絶え間なく追撃を放つ。
「舐めないでよ…………死にはしないさ」
「ならなんでウサギみたいに逃げ回るんですか?」
「…………僕を怒らせたいようだね」
「怒りましたか?」
「どうだろうね」
そこで一度手を止める。
全部で斬撃を十は飛ばした。
しかし、それら全てを避けきり、また刀で逸らし、アルタイルは無傷の状態でこちらへ歩いてくる。
その顔には、今日始めて見せる真剣な表情が浮かんでいた。
「少しは削れると思ってたのに………………」
しかし、どうやら彼を本気にさせることはできたようである。
こちらへ歩いてくる彼は、刀を水平に構え、小さく囁くように言った。
「………………同化せよ」
――――――――――――
周囲から音が消える。アルタイルの存在感が一気に膨れ上がり、そして鎮まる。
一陣の風が吹き抜け、世界に音が戻ると、そこには豪奢な装備に身を包んだアルタイルの姿があった。
これは――――――――レグルスの時にオーラとして纏っていた装備!?
金属の光沢、布のしなやかさ、黒革の艶…………。
全てが実物として顕現していた。
そして何より、溢れ出ているオーラがレグルスの時のそれとは比にならない程、濃い。
「別にこんな事しなくても良かったんだけど特別君に見せてあげるよ、………………………………大人の同化ってやつをね」
刀を後ろに引く。
そのまま横に大きく薙ぐ。
――――――――遠隔攻撃!?
これを今までと同じものだと思ってはいけない。
今まで同様に避けたり、受けようとすれば死ぬことすら有り得るだろう。
アルタイルの同化のレベルが自分のものよりもさらに高かいことは見た瞬間に分かっていた。
しかし、同時に自分とアルタイルの間にそれほど圧倒的な大差があるわけではないとも感じていた。
それでも、精霊の力を使う者同士の戦いにおいて、どれだけ高い純度で己の精霊の力を引き出せるかが勝敗に直結することを、アンドロメダは嫌というほど理解していた。
「君の敗因は僕が精霊と同化する前に倒しきらなかったこと…………………………。でも安心しな、負けても死ぬことはないから」
その瞬間、視界が二つに割れた…………………………かのように見えた。
アンドロメダだって精霊と同化していたというのに、絶望的なまでに敵わなかった。
――――――――――――
「……………………あぁ、そういえば」
薄れゆく意識の中で、思いを馳せる。
「氷の精霊としか同化していなかったっけ?………………勝てるのにわざと負けるのはこれで二度目だな…………………………」
消えゆく意識の中、そんなことを考えていた。
――――――――――――
目が覚めた。
周りがやけにうるさい。
「お………………もう起きたのか!」
「ん?……アルタイルさん…………?ここはまだ闘技場でしたか。どのくらい寝てました?」
「ほんの五秒くらいだよ。………………僕の一撃を食らってほんの五秒……………………大したもんだよ」
「そういうの良いですって」
アルタイルの顔にはまた笑みが戻っている。
負けたのに生きているのは不思議な感覚だった。
今まで絶対に敗北は許されなかったのに、いざ負けてみれば自分はまだ生きている。
「負け癖がついてしまいそうだ」
とにかく、これで今日のイベントは全て終了のはずである。
最後にアルタイルと軽く挨拶を交わし、アンドロメダは来た道を戻った。
――――――――――――
「すごいじゃないですか!アンドロメダさん!!」
控室に入るなり、ヴィクトリアが飛びついてくる。
「あんなに強いならなんで最初から戦おうとしないんですか?」
それに、
「疲れるから」
と適当に返し、レグルスに歩み寄る。
レグルスは一番奥の椅子に向こうを向いて座っていた。
「レグルス〜落ち込むなって!」
わざわざ回り込んで、レグルスの顔を覗き込む。
レグルスは面倒くさそうに目を閉じ、言う。
「何故俺が落ち込むんだ?」
「分かってるくせに」
「分からん。邪魔だから失せろ」
「悔しいの?可愛いな〜まったく」
「………………言いたいことがあるなら言え。言わないなら失せろ」
ひどく不機嫌なレグルス。その様子だけで、彼が内心かなり悔しがっていることは明白である。
アンドロメダを一撃で沈めた精霊同化。
それをレグルスの時には見せずにアンドロメダの時に使った事が悔しいのだろう。
「まぁ、次席は僕だっていう事だよ」
ぽんぽんとレグルスの肩を叩く。
レグルスが殺気を放つが気にしない。
「これから何があるのかな?学園長が挨拶とかするのかな?」
「どうでしょう、恐らく何かあると思いますが」
このまま解散という訳では当然ないのだろう。
「さて、じゃあ寝るか!………………ヴィクトリア、あとで起こして」
言わなくても彼女は起こしてくれるだろうが、一応声をかけてから眠りについた。
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