第13話 アンドロメダ


 ――――――――「勝者、アルタイル・ドレスデン!」


 決着は速やかに着いた。

 まず、レグルスが力を開放し、それに応えるようにアルタイルも力を開放する。

 ここまで、いい勝負をしてきた二人の本気。勝負は拮抗するかと思いきや、結果はアルタイルの圧勝に終わった。


「何が…………起こったんですか?」


 聞いてきたのは隣に立つ少女、ヴィクトリアである。

 信じられない、といったように口元を抑え、大きく目を見開いている。

 眼下ではちょうど、アルタイルが刀を引き、鞘に納めるところだった。

 

「アルタイルさん、消えてましたよね?」

「うん…………。見えなかったね」

「………………何か対策あるんですか?」

「えー、無いよ。………………勝ち目無し!」


 そんな事を言ってアンドロメダは笑い、


「君は何かある?」


 と、逆に聞いてみる。


「私だったら………………」


 んー、と本気で悩むヴィクトリア。


「空間全部攻撃します!」


 そう言ってから、まぁできないですけど、と付け加える。


「空間全部ね………………いいじゃん。バーンって?」

「ドーン!ですよ」

「ドーンかー」

「シュバッて切っちゃうのも有りですね。…………アンドロメダさんはどんな戦い方されるんでしょう?」

「さあねぇ。それはこれからのお楽しみだよ………………」


 なんて話しているうちに、レグルスが控室に戻ってきた。

 その表情は出会ったときよりさらに険しく、荒々しい気を纏っていた。


「お疲れ!…………さすが秀才、いい戦いだったよ」


 声をかける。

 それに、レグルスはこちらを睨んだだけで何も言い返さない。


「お疲れ様でした、レグルス王子。…………王子の勇姿をこの目で拝見できて光栄です」


 と、ヴィクトリアも続ける。


「あぁ、………………」


 レグルスは彼女に一言そう返し、今度はこちらを真っ直ぐ見て言った。


「すまないな、次席。………………出番だ。だがお前の実力を見るいい機会だ。……まさか、あれだけ豪語しておいてあっさり負けるなんてことはないよな?」

「あれ、僕なんか言ったっけ?……あー動きたくないなぁ………………レグルスもっかい行く?リベンジマッチ?」

「黙れ。早く行け」

「つまんな。……………………仕方ないなー、行ってくるよ」


 闘技場を見下ろす。

 朗らかに微笑み、ギャラリーに手を振っているアルタイルの姿が見えた。

 

 次は最初から「あれ」が来るのだろうか?

 空間と一体化したような攻撃が………………。


 もしそうならば、勝ち目はほぼ無いと言ってもいい。


「…………すぐ戻る」


 そう言って、アンドロメダは控室を後にした。

 後ろで、「まぁそうなるだろ」というレグルスの声が聞こえた。「粘ってくださいよ」と、こちらはヴィクトリア。


 ここからは、戦いの時間だ。

 薄暗い階段で、アンドロメダは一人気合を入れた。


 ――――――――


 力とは結果なのだと、アンドロメダはそう教えられてきた。

 生き残った者が強く、死んだものが弱い。「強い」というのは、常にことが終わってから分かるのだと、そう教えられて生きてきた。


 アルタイルは、自分より遥かに強い。戦わなくても分かるほどに、強い。

 ただ、今までもそんな相手と幾度となく戦ってきた。そして、今この場所に立っているのはそんな彼らではなく自分なのだ。


「試してみよう。本当に強いのはどっちなのか………………」


 階段を降りた先。

 久しぶりに感じる緊張と、微かな恐怖。

 アンドロメダは、広く、明るい闘技場へと足を踏み入れた。


 ――――――――――――


「君がキール家のアンドロメダだね。…………楽しみにしていたよ」


 近づくなり、アルタイルの方から話しかけてきた。レグルスのときも何か話していたから、気さくな人なのだろう。

 それに、


「養子ですけどね………………」


 と答える。

 

「素晴らしい。てことは、噂が本当なら君は相当な実力者だ」

「噂?」

「あぁ、キール家が孤児を集めて殺し合わせてるって……………………………。気を悪くしたかい?」

「いえいえ」


 初めて聞いた。

 しかし、その噂は概ね真実と言えた。


 たしかに、武力で今の地位を確立してきたキール家では、優れた遺伝子を遺すためにそのような事が行われているわけだが…………………………。

 

 それを面と向かって言ってくるということは、この青年の甘い顔を信じすぎないほうがいいのだろう。

 

 とは言え、特に気にする必要は無かった。

 キール家ともなれば、そのくらい国も黙認しているはずである。巷でいくら騒がれようが、痛くも痒くもないのである。


「養子の力、見せてあげますよ」

「あぁ、よろしく頼む」


 そう言ってお互い距離を取る。

 いよいよ、アンドロメダの模擬戦が始まろうとしていた。


 ――――――――――――


「始め!」


 まず動いたのはアルタイルだった。走り出すと同時に風のオーラを展開する。

 刀を抜き、走りながら刃を飛ばす。それらはかなり、速い。


 だが、レグルスの時に一度見た攻撃だ。

 アンドロメダは軽いステップで下がりながら全てを躱す。

 アルタイルは既に半分ほどの距離を詰めていた。ここからさらに加速することを考えると、ぶつかり合うまで大した間もないだろう。 

 

 さてどうしようか? と、考える。


 レグルスがスターダストを使うように、アルタイルが刀を使うように、自分は何かが得意という訳ではなかった。

 アンドロメダはこれまで、状況に応じて剣を取り、短剣を取り、はたまた精霊の力を使ってきた。

 さらに、接近戦に限らず、中距離でも遠距離でも戦えるように教え込まれてきた。素手での戦い方も、精霊の力に頼らない戦い方だって、死ぬ気で習得してきた。


 だからこそ、いざ戦いになると自分の「強み」が分からなくて困るのだ。


 とりあえず、精霊の力を呼び起こし、全身に纏う。

 

 属性は――――――――――――氷。 


 力を開放した瞬間、一瞬にして冷気が全身を包み込んだ。

 久しぶりの感覚。

 慣れ親しんだ冷気を操り、右手に凝縮させ、氷の剣を創り出す。

 そして、そのままアルタイルの斬撃を受け止めた。


 ――――――――――!!

 

 凄まじい衝撃が腕に伝わってきた。

 お互いに刃が弾かれ、一旦距離を取る。


「いいねぇ」 


 アルタイルが言う。こちらを見て、楽しそうに笑っている。


「何がですか?」

「氷の精霊は珍しい。それに……………………その力の制御。並の才能では不可能な領域だ」


 それは、恐らく本気でそう思っているのだろう。「俺でも刀身に纏わせるだけなのに……………………」と続ける。

 

 精霊の力を使い、氷や岩や水を創り出すことは凡人にもできる。そしてそれらを自在に操り、剣の形にすることも、コツを掴めば難しくない。

 しかし、それをちゃんとした剣と、それも精霊騎士レベルの者が振るう、強化された剣と打ち合える程にまで精密に創り上げるとなると、それこそ「不可能」と思えることだった。

 

 自分がやっている事が決して簡単ではないと、アンドロメダ自身自覚していた。

 なにせ、血を吐くような努力の結果、習得した能力なのだ。そう簡単に誰かに真似されたくはない。

 

「………………褒められると嬉しいなー」


 それに、アルタイルは笑って返す。


「素直でいいね。あの王子よりずっとかわいい」

「レグルスと比べないで下さいよ」

「ごめんごめん………………王子と仲良くなったかい?」

「これからです」


 適当な会話を続ける。


「王子って……………………精霊の力を使えないって本当なんだな」


 アルタイルが思い出したように言う。「最も、その必要も無さそうだったけど…………」と付け加える。


「そうですね。あの剣、神器ですよね」

「あぁ、しかもかなり特別なやつだね」

「分かるんですか?」

「あぁ、精霊騎士はみんな何かしらの神器を持ってるぞ。………………まぁ、色んなところに出向くから手に入る機会が多いんだろうな」

「いいなぁ」

「…………………………まさか、持ってたりしないよな?神器じゃなくても、何か隠してないよな?」


 アルタイルが真剣な表情で聞いてくる。それに笑顔で、「ないですよ」と首を横に振る。

 

 実は――――――――――――ある。

 それは、アンドロメダ自身の能力に関することだった。

  

 これは極、極稀な事だが、アンドロメダは氷の他にも、違う属性の精霊の力を使うことができた。

 

 精霊国全体で見ても、複数の精霊の力を使える者の話など、まず聞いたことがない。

 最も、精霊騎士の中には存在しそうだが……………………。


 そのこともあり、アンドロメダは今まで、外で力を使う時は基本的に氷の力しか使ってこなかったのだった。


「本当かな?……………………まぁいいけど」


 アルタイルは目を細め、こちらを見る。心の中を見通すような、鋭い目線だ。

 しかし、不意に笑顔を咲かせ、言う。


「好し!……………………まずは決着をつけよう。話はそれからだ」

「………………………………」


 ――――――――――――――


 昔は、生き残るために必死だった。

 負けたら、死ぬ。

 生きたかったら、相手を殺す。


 ――――――――でも今は?


 負けても死ぬことはないし、相手を殺す必要もない。


 ――――――――では何のために戦うのか?


 アルタイルを見る。

 刀を手に、夥しい視線を浴びて、堂々と立っている。

 チラッと視線を上げる。

 そこには、控室からこちらを見下ろすレグルスの姿が見えた。 

 きれいな白髪が妬ましい。


 生死に関わらない、無意味な戦い。

 なのにどういう訳か、熱くなっている自分がいる。


 キール家の養子で、親の顔も知らず、これまで何人もの命を奪ってきたけれど、見せてやりたかった。


 ただ、自分の強さを――――――――――――――。

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