第12話 レグルス


 昔、こんな事を言われた。


 ――――――――――――

  

 勝負に勝つことが正義ではない。

 ひとつの「勝利」は表面的な結果に過ぎず、大切なのは「勝利した結果、何を得るのか」である。


 得るものが無い勝利には何の意味もない。

 

 ――――――――――――


 大きく踏み込み、スターダストを一閃。当然、躱される事を見越してそのまま遠隔の刃を飛ばす。…………………………しかし当たらない。

 追撃。…………………………躱される。更に速度を上げて三連撃。…………………………それも全て受け切られた。


 さっきから、自分は同じことを繰り返している。

 単調な攻撃。

 平凡な頭脳戦。

 自分で力を制限し、限界を定めて戦っている。


「………………面白くない」


 何も気にせず、全力を解き放てたらどれほど良かったか。

 ここ、レインフォールも所詮は「生徒」にものを教える学園なのだ。

 自分が求めていてものは手に入らない。


「やっぱりお前から来い」


 レグルスは攻撃の手を止め、言う。

 アルタイルが距離を取り、こちらを見る。


「ん?………………そうですか。いいですよ」

「あぁ」

「じゃあそこそこ本気で行かせてもらいますね」

「………………」


 涼しそうな顔でアルタイルが言う。

 受けるだけではつまらない、とでも言いたそうな表情である。恐らく、レグルスの王族という身分を汲んで、付き合ってくれていたのだろう。

 

 ――――――――余計に面白くない。


「早く来いよ」


 それに頷いて応えると、アルタイルが刀を手に床を蹴った。

 凄まじい、速さ。

 それに、レグルスは僅かに迷う。

 

 ――――――――避けるか? それとも受けて、負けてしまおうか?


 正直、レグルスはもう勝負に興味など無かった。どうせ自分は本気を出さないだろうな、と分かってしまったのだ。

 馬鹿みたいに熱くなって、後のことなど構わずに持てる力を最後の一滴まで振り絞り勝利する。自分にそれができたなら、どれほど良かったか。


 しかし、レグルスはそうしない。いや、そう出来ない。

 客観的に現状を把握し、冷静に判断してしまう。

 いつも、そうだ。

 自分の気持ちよりも、合理的な考えを優先してしまう。


 今も、このままでは勝てないと知りながらスターダストの力を使わずにいる。……………………使えば勝てる自信はあるのに。

 それが最も優先すべき事だと分かっているからこそ、負けてもいいと思ってしまうのだ。


 スターダストで強化された眼を凝らし、アルタイルを見る。

 突然、アルタイルの動きが遅くなった。

 いや、動体視力が強化され、動きがよりゆっくりと、鮮明に見えているのだ。

 アルタイルは既に刀の間合いに入り、レグルスの首元めがけて刀を振るおうとしている。 

 それは明らかに速すぎる動きで、この一撃をわざと受けたとしても不自然にはならないほどのものだった。


 ――――――――避ける? それとも?


 僅かに視線を上へずらす。

 控室からこちらを眺めるアンドロメダの姿が見えた。

 ふざけた奴だが、その目の奥には人を見透かすような鋭さを持っていた。

 今も、その瞳でこちらの力量を測っているのだろう。アルタイルが勝つことを確信しながら、秀才と噂の王子がどこまでやれるのかを見定めているのだ。

 アンドロメダだけじゃない。ここにいる誰もが、そういう目でレグルスを見ていた。

 

「あぁ、めんどくせえ」


 レグルスが一歩、前に踏み込む。と、同時に脱力していた状態から一気にスターダストを上に振り抜いた。

 突然のことに、刀を引いて防御するアルタイル。そしてそのまま返す刀でレグルスを狙おうとして、しかし、驚きに目を見開く。

 刀が大きく弾かれたのだ。


 今までの打ち合いにおいて、膂力でアルタイルがレグルスに引けを取ることはなかった。

 むしろアルタイルは、レグルスの剣を受け止めるに足る力を出していた、と言ったほうが近いかもしれない。だからこそ、今何が起こったのか分からずに、アルタイルはほんの一瞬だけ動きを止めた。


 レグルスはその隙を見逃さない。横殴りに剣を叩き込む。アルタイルの空いた胴へと、白銀の「大剣」を大きく凪いだ。


 ――――――――――――


 スターダスト。

 神々の力が込められた、白銀の長剣。

 持つ者の身体能力を大幅に強化し、様々な恩恵を与えてくれる神器。

 そのスターダストが持つ特異な能力として、「持ち主の力量に応じてその大きさを変える」というものがあった。


 使い手の身体機能に応じて力を付与し、最終的な使い手の強さに応じて大きさを自在に変えることができる。

 今のレグルスには、せいぜい両手剣程度の大きさにすることしかできないが、それでも質量が増えた分パワーは格段に増すのであった。

 そしてそれは、強化されたレグルスが、片手剣と同じ速さ、精度で剣を振るうことができる最大値。

 つまり、多少無理をすればさらに剣を大きくすることも可能なのだが…………………………。


 今、レグルスはスターダストを両手剣ほどの大きさにし、右手で扱っている。

 スターダストの身体能力強化を限界まで使用し、この大剣を手にしている。

 

 これが今のレグルスの、限界値だった。


 ――――――――――――


 レグルスの大剣が、アルタイルの胴へと吸い込まれていく。

 重く、鋭い一撃。

 アルタイルは風のオーラを強化してそれを受ける。

 しかし、それは受けるべきではなかった。


 衝撃に耐えきれず、オーラの鎧が砕け散る。緑色の光の欠片が宙を舞って消えた。

 そのまま、後ろに大きく弾かれるアルタイル。空中で体制を立て直し、着地する。そして、その表情を苦しそうに歪めた。


「ぐっ」


しかし、大したダメージは受けていないようである。相変わらず刀を構え、こちらに正対している。その体勢に隙はない。


「見せて良かったんですか?」


 アルタイルが聞いてくる。

 

「………………今更だ」

「そうですか」

「…………………………」


 アルタイルは軽く頷き、刀を下ろす。そのままこちらに歩いてくる。


 見せて良かったかどうか?――――――もちろんだめに決まっている。


 なぜ力を見せたのか、レグルス自身理解できずにいた。

 これでレグルスの持つ剣が普通のものではないことが知られてしまっただろう。


「くそ…………面倒だ」


 今後起こりうる展開を想像すると、一気に疲れが湧いてきた。


 アルタイルを見る。

 ゆっくりとこちらに歩いてくる。


 何も変わった様子はない。

 身体を覆っていたオーラの鎧は外れている上に、こちらはスターダストの力も開放している。

 それなのに…………………………。


「そろそろ終わらせましょう。後が詰まっているので………………。次席と、首席が……………………」


 ――――――――嫌な予感がする。


 アルタイルから何の力も感じない。

 先程までの大きな力の波動や、オーラが一切感じられなくなった。


 これが、戦う時のアルタイルなのだろう。自分は所詮、遊ばれていたという訳か。


「くそが…………」


 大剣を振り上げる。

 その瞬間、アルタイルが消えた。

 気配を感じ、前に飛び退く。しかしほんの一瞬だけ、反応が遅れてしまった。

 背中に重たい衝撃を受け、身体が大きく前に吹き飛ばされる。


 アルタイルのそれは、普通の「速さ」とは違った。むしろ、ベガの瞬間移動に通ずるものがある。


「風化、だよ」


 アルタイルが言う。もう敬語はやめたようだ。


「風の精霊と自分を一体化させるんだ。そうすると……………………」


 視界から消える。

 そして、次の瞬間耳元で、


「こんなふうに、空間を支配できるんだ」


 振り向きざま、スターダストを振るう。

 アルタイルが両断される。が、手応えはない。その姿が霧散してかき消えた。


「勝てないよ……………………。同じように、精霊の力を使わないとね」


 空間が、裂ける。

 避けきれずに、肩を浅く切り裂かれた。スターダストを振るうが、見えない壁に弾かれる。


 今や、この空間全てがアルタイルの刃であり、盾だった。

 しかも、それら全ては目に見えないというおまけ付きで…………………………。


「まぁ僕もこの状態を長くは維持出来ないんだ。まだ、ね」


 まだ、を強調して言ってくる。


「これで、僕の勝ちだ………………………………。いい戦いだったよ」


 背後から声がした。

 いや、声はずっと至るところから聞こえていた。しかし、アルタイルが姿を現したのはレグルスのすぐ後ろだった。


 首元に冷たい気配を感じる。

 アルタイルの刀が、右肩に添えられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る