第11話 レグルス


 アルタイルが力を開放する頃、控室では……………………。


「え、レグルスやばくね?勝てないだろ」


 その禍々しいオーラを目にしたアンドロメダが思わず言う。それに、

 

「…………ですが、レグルス王子も何か手の内を見せていないような気がします」


 と、そう答えたのは薄紫の髪の少女、ヴィクトリアである。


「………………まぁ、ベガの時もだいぶ余裕そうだったしね。でもこれは流石にしんどいでしょ」

「たしかにそうですね。ですが………………王子が負けたらアンドロメダさんの出番ですよ?」


 そんな事を言って、可愛らしく小首を傾げる。

 

「えーやだなー。……………………帰ろうかな」

「なんでですか。私アンドロメダさんの戦うとこ見たいですよ」

「いいって、勝てる気しない。…………てか、アンドロメダさんって言いづらくないの?」


 ヴィクトリアは「別に?」と、また小首を傾げる。

 つぶらな瞳が二つ、こちらをじっと見てくる。


「あ、そう。呼び捨てでいいけどね」


 そう言ったものの、「キール家の方に呼び捨てなんてできませんから」とあっさり断られてしまう。


「そういうもんか。まぁ楽にしてね」

「お気遣いありがとうございます。…………優しいんですね」

「いや、だって僕は…………………………」


 キール家の血は引いていないから、そう言おうとしてしかし、言葉はかき消された。

 アルタイルが、突如攻撃を放ったのだ。眩い緑の閃光が走り、一瞬遅れて衝撃波が飛んでくる。

 アンドロメダは思わず顔をそらした。

 ベガの精霊の力、「転移」の能力も、相手にしたらかなり厄介なものであったがアルタイルのそれはレベルが違いすぎた。


 ――――――――レグルスは大丈夫か?


 恐る恐る闘技場を覗いてみる。

 吹き荒れていた竜巻のような風はもうなく、そこには地面に降り立っているアルタイルの姿が見えた。相変わらず薄緑のオーラを全身に「装備」している。

 そして、その向かい。やや距離を置いたところにもう一人、白銀のオーラを纏うレグルスの姿があった。彼は片膝を付き、屈んでいる。長剣を床に突き刺しているようだ。


 ――――――床に剣を刺して衝撃に耐えたのか?


 立ち上がり、長剣を大きく回す。

 無造作に片手で剣を持ちアルタイルへと歩き出す。

 その足取りに、今までのような「受け」の姿勢はもうない。

 どうやら、出し惜しみはやめたようだ。


「……………………ようやくか」


 ようやく、秀才と噂のレグルス・スターライトの力を拝見できるらしい。


 闘技場を見渡す控室。アンドロメダは二人の戦いをじっと見下ろしていた。


 ――――――――――――


「お遊びはここまでだ。さあ行くぞ」

 

 アルタイルが斬撃を放った瞬間、視界が緑色の閃光に埋め尽くされた。

 この威力。もはや迷っている時間は無い。

 

「判断が遅れるほど結果は悪くなる」――――――それは戦闘において絶対と言える理であった。


 瞬時にスターダストを構える。その柄を両手で逆手に持ち、地面に深々と突き刺す。


 ――――――――――――開放。


 スターダストから白銀のオーラが迸った。アルタイルの圧倒的な精霊の力に耐えうるのは、強力な「神器」の力のみ。

 その白銀の禍々しいオーラは、レグルスの周りに纏わりつくように揺らめいている。それはまるで、アルタイルが纏うオーラの装備のようにレグルスを包み込んでいた。


「相手してやろう…………………………この力は見せたくなかったんだがな」


 剣を引き抜き、立ち上がる。そして、使い心地を試すように大きく手の中で回す。踏み出した足は、まっすぐアルタイルの方へと向かっていた。

 待ちに待った強者との戦い。力を出し惜しむのは何よりも勿体ないことだ。力を開放した結果、良くない未来が待っていようとも、この一戦で得られる学びを棒に振るわけにはいかなかった。

 

「余裕で耐えますか」


 オーラを纏い、歩き出したレグルスを見て、アルタイルが言う。


「もしかして王子のそれ、神器ですか?」


 その質問に、

 

「……………………さあな」


 と言葉を濁す。

 しかし、アルタイルは納得したように言う。

 

「羨ましい限りです。…………精霊騎士の先輩方はみんな持ってましたから」

「神器だとは一言も言ってないぞ」

「ご安心を、誰にも言いませんから。ですが……………………」


 話しながらも、距離を詰める二人。片や緑のオーラを身に纏い、片や白銀のオーラをその身に宿している。

 荒ぶる風と星の輝き。

 間違いなく、普段では滅多に見られないような戦局が繰り広げられようとしていた。


 アルタイルが挑発的な笑みを浮かべ、言う。

 

「出し惜しんでいるとあっさり負けますよ?」


 間合いに入った瞬間、スターダストを振り上げる。

 白銀の光が尾を引いて、アルタイルの首を狙う。

 ほぼ同時に、緑の軌跡が弧を描きそれを弾く。

 風の力で強化された、アルタイルの刀である。

 

 触れ合った瞬間に凄まじい衝撃波が広がった。しかし、それを歯牙にもかけず、レグルスは返す一振りで心臓を狙う。

 アルタイルが身を反らし、躱す。さらに一歩踏み込むレグルス。

 が、そこで……………………。


 アルタイルの刀が心臓へと伸びてくる。間一髪、レグルスはそれをスターダストの柄で逸らし、さらに、アルタイルの動きを上回る斬撃を放つ。

 アルタイルが状態をかがめる。距離を取ろうとする。

 その動きはかなり、速い。

 さすがは精霊騎士と共に戦地に立つ者の動きだ。レグルスの容赦ない追撃を全て逸らし、躱してしまう。


「たしかに良い動きだ」


 攻撃の手を止めずにレグルスが言う。

 それにアルタイルが、

 

「え、もしかして手加減してます?」


 と、驚いた表情を見せる。

 

「手を抜いてはいない。これが今できる全力だ」

「そんなこと言って…………ちょっと剣速上がってません?」

「気の所為だろう」


 大きく飛び退いて距離を取るアルタイル。それと同時に風の斬撃を飛ばしてくる。

 その実体の無い風の刃を切り裂きながら、レグルスは前に出て胴を薙ぐ。

 アルタイルの刀が跳ね上がり、それを防ぐ。

 刃と刃がぶつかりい、ギィンッと金属の甲高い音が響き渡った。

 刹那、レグルスはスターダストの力を開放する。

 神器であることを気取られないよう、ほんの一瞬だけ。しかし、ほんの一瞬で十分だった。

 

 白銀の光が膨れ上がり、爆発する。

 凄まじい光と音が炸裂した。

 アルタイルが後方に大きく飛ばされていく。だが、レグルスは攻撃の手を止めない。さらに白銀の斬撃を飛ばし、追い撃ちをかける。

 

 アルタイルはそれを、オーラを凝縮して防ぎ、ついでに旋風を巻き起こして飛翔する。

 そのまま空中で体勢を立て直す。 

 すぐに、上空から風のオーラでできた無数の刃が飛んできた。

 至るところから、無数の刃が降り注ぐ。

 目で追っていては全てに反応することはできない。

 レグルスはぼんやりと前方を見つめる。そして、刃が視界に入った瞬間、スターダストを振り抜いた。

 力を込め、全ての刃を切り裂く。そして、さらなる攻撃に備え大きく後ろに距離を取る。

 しかし、それ以上の追撃は無かった。


「その剣、本当に興味深いですね」


 宙に浮いたまま、アルタイルが言った。

 彼は本当にそう思っているようで、目を細めてスターダストと、その白銀のオーラを見つめている。


「………………ある人が言っていたんですけど………………神々が作った神器の中でも、実際に神々が使っていたものとそうでないものがあるらしくて……………………」


 一時休戦し、話し始める。それに、

 

「続けろ」


 とレグルス。


「実際に神々がその手で使っていたものは、特に力を色濃く受け継いでいるため他よりも強力なんだとか」

「俺は他の神器を見たことがない。お前はあるか?」

「ありますよ」

「何か違うか?」


 そう聞くレグルスに、

 

「私が知っている神器の中でも、明らかに強さが違います」


 とアルタイル。


「強いのか?」

「もちろんです」

「そうか。いいことを聞いた」


 少し、沈黙が流れる。


「やらんぞ?」

「もらう気無いですって……………………あでも、もっと力を見せてもらったりは………………」

「無理だな。日を改めて、再戦するか?」


 そう言ってから、まずいと思った。これではこの模擬戦を捨てているように取られかねない。

 レグルスはスターダストの力をできるだけ使わずに、その上で、もちろん勝つ気でいた。


 しかし、その思いは伝わっていたのか、アルタイルは全然気にしていない様子でこう答える。


「はい是非。………………今は今で、全力でいきましょう」


 つくづく、いい奴だ。


「あぁ」と一言。レグルスはスターダストの柄を握りなおす。

 

 ――――――――どのくらい開放する?どうしても勝てなかったら?潔く負けを受け入れられる?気にせず勝ちに行く?


 様々な疑念が頭を過るが、それらを全て片隅に追いやる。


「来い…………………………。来ないなら、こちらから行くぞ?」


 スターダストを大きく一振り、牽制のために遠隔の刃をひとつ飛ばして、走り出した。

 相手は上空にいる。だがそれは大した枷にはならないだろう。


 どのくらいの力で、何をするのか。レグルスはこの緊迫した一戦を心から楽しんでいた。

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