第10話 レグルス
闘技場を中央へと歩いてくる一人の生徒。
その生徒は、何か特別な装備をしているわけでも、特殊な能力を見せているわけでもなく、ただ普通に歩いているだけ。しかし、それだけで今日一番の歓声が上がった。
二年生にして既に、精霊騎士と共に実践へと赴くほどの実力者――――――――――アルタイルである。
高い身長に、細身の身体。軽くウェーブした艷やかな黒髪。端麗な容姿に爽やかな笑みを浮かべ、客席に軽く手を振りながら歩いてくる。
「レグルス王子………………初めまして。騎士科二年のドレスデンです。今日はお互い良い試合にしましょう!」
目の前に来るなりそう言ってくるアルタイルは、チャラついた見た目と裏腹に、思いの外礼節のある人物だった。
そして軽く頭を下げ、後ろに下がり距離を取る。礼儀正しいが、変にへりくだっていないところがまた「好青年」と言えた。
十分に距離を取り、こちらへ向き直ったアルタイル。その顔に先程までの浮ついた表情は無い。
低い姿勢で構え、腰に差した「刀」の柄に手をかけている。
レグルスも左足を軽く引き、半身になって受けの構えを取る。まずは相手の力量、戦い方を見極めるのだ。
ついに、この時が来た。本当の、精霊の力を使いこなす強者と戦える。今まで、王族と言えど精霊騎士に剣の相手をしてもらうことなど叶わなかった。しかし、だからといって王宮にいる兵士らではレグルスの相手にはならない。力を持て余していたレグルスは、精霊騎士相当の実力を持つアルタイルとの模擬戦が楽しみで仕方なかったのである。
待ちに待った一戦は、いよいよ始まろうとしていた。
闘技場に静寂が張り詰める。
アルタイルとの距離はおよそ二十歩。この距離をどう詰めてくるか、それとも詰めないのか、アルタイルの戦闘スタイルをレグルスは知らなかった。だからこそ、こうして受けの姿勢を取り、最初は「見る」ことに徹しようとしていたのだが………………。
「始め!」
その合図とほぼ同時に目の前の空気が大きく揺らめいた。
反射的に飛び退く。しかし避けきれず鮮血が宙に舞う。頬が浅く切れた。少し遅れて、一陣の風がレグルスの横を吹き抜けていく。
人智を超えた剣圧。アルタイルはただ刀を鞘走らせ、抜刀しながら振り抜いただけである。しかしそれだけで、デネブやベガとの圧倒的な「格」の違いが感じ取れた。
当の本人はこちらを見て、にやっと笑いながら言ってくる。
「流石は秀才!初見で今のを避けますか」
レグルスは答えない。
実際、避けきれていなかった。頬を軽く切っただけで致命傷とは決して言えないような傷だったが、それでもレグルスにとってこの模擬戦で初めての怪我だった。
「これはどうかな?」
アルタイルが、言い終わると同時に斬撃を放つ。またしても、先程の攻撃が飛んできた。今度はレグルスが避ける先に、タイミングをずらしてもう一振り飛ばしている。
一撃目を回避したレグルスは、間髪入れずに飛んでくる二撃目を長剣の鞘で受け流す。
長剣――――――スターダストは、その鞘までもが強靭な金属で作られていた。ただの鉄ではない。神々の時代から存在する特別な金属である。そのため剣を抜かずに、鞘のまま戦ったとしても何ら問題はないのである。
とは言え、斬撃は止めてもその衝撃でレグルスの身体は大きく吹き飛ばされた。空中で体制を立て直し、次の攻撃に備える。
様子見程度の遠隔攻撃でこの威力だ。
――――――――正面からまともに打ち合って勝てるのか?
そんな疑問が頭をよぎる。
――――――――様子見はこの程度にしておくか。
レグルスはさっそくギアを一段上げる。
スターダストを鞘から抜き放ち、力を込める。刃の輝きが増した。脱力し、次の瞬間下から上へと剣を一閃。禍々しい波動がアルタイルへと飛んでいく。デネブやベガとの戦いでは見せなかったスターダストの力を、少しだけ開放する。
一見それは、アルタイルの遠隔攻撃と同じ類の、精霊の力によるものにしか見えないだろう。
しかし、見る者が見れば、それが精霊ではない別の「何か」の力によるものであると知られてしまう。
――――――――出し惜しんでいたら勝負にならない。
さらに剣を返して一振り、斬撃を飛ばす。初撃よりも力を込め、より鋭くアルタイルを狙う。ベガがしてきたように、囮の攻撃と本命の攻撃とのコンビネーションである。その斬撃は同時にアルタイルを捉える。
しかし、
「ははっ」
アルタイルは刀を構えると、その場から一歩も動くことなく捌いてしまう。
もちろん、大して効くとは思っていなかった。しかし、それでもこれほど簡単にいなされたのは驚きだった。
ほんの少しとは言え、スターダストの力を開放しているというのに……………………。
「さて、お遊びはここまでだ。そろそろ打ち合おうか?」
お遊びはここまで……………………。
随分な物言いである。しかし、彼が言うと不思議と嫌な感じはしなかった。
アルタイルがこちらへ足を踏み出す。それにレグルスは、「いいぞ」と一言。
「そうこないと…………。お互い得意なのは近距離だ」
「あぁ」
レグルスも歩き出す。普通に歩いているように見えて、その動きは慎重そのものだ。どこで仕掛けられても良いように全神経を集中する。この戦いでは、一瞬の反応の遅れが命取りになる。
ゆっくりと歩み寄る二人、しかしアルタイルは至って普通に歩を進める。一見無防備そのもの。
しかし、そこに飛び込んでいくほどレグルスは馬鹿ではない。どんなカウンターが待っているか分からないため先手は取れない。
とは言え、後手に回っても勝ち目はない。
唯一勝機があるとすれば…………………………。
――――――――スターダスト。
恐らくアルタイルは、レグルスの持つ剣が「神器」であることを察しているだろう。彼ほどの実力者なら、先の攻撃が普通の精霊の力ではないことに気がついているはずだ。その上で接近戦へ持ち込んできたということは自分の実力に相当自信があるのだろう。しかし彼にとってスターダストの能力が未知数であることに変わりはなかった。
スターダストの柄を強く握る。それに応えるように白銀の光が波打つ。
お互いあと一歩。戦いの幕が開けるまで、残りたったの一歩だった。
レグルスは本能に身を任せる。
本能は常に危険を回避し、あらゆる好機を貪欲に逃さず、一切の恐怖心を抱かない。
――――――――――――
間合いに踏み込んだ。
次の瞬間二人が消える。刃と刃がぶつかり合い、空中に火花が飛び散る。
スターダストの力を四割ほど引き出し、膂力をかなり強化してもなお少しずつ押されていた。一撃一撃が重く、その上に速すぎる。
――――――――後手に回ったら勝ち目がない。
今はまだスターダストの基本的な能力――――「身体能力の強化」しか使っていないが、他の力も使ってしまおうか?
しかし、先に動いたのはアルタイルの方だった。
「行くぞっ!」
撃ち合いながらにやりと笑い、力を開放する。
刹那、強力な力の波動を受け、身体が大きく後ろに吹き飛ばされた。見ると、アルタイルを中心に大気が荒々しく渦を巻いていた。
「風か!」
レグルスが呟く。
「風です。……………………本当はお見せするつもりは無かったんですけどね。特別ですよ?」
「舐めるな」
「舐めてないですって」
「……………………まぁいい」
話しながら、アルタイルが宙に浮かび上がる。どうやら、精霊の力を開放すると空も自由に飛べるらしい。
「羨ましいな。精霊の力ってやつは」
思わず、心の声が漏れてしまう。
「いえいえ、並の人じゃここまで力を制御できませんから」
「俺が並だと言いたいのか?」
「いえ、そういう訳ではなくてですね………………」
会話しながら、アルタイルは見上げるほどの高さまで浮上する。彼を中心に大気が渦巻いている。竜巻のようなものだ。風が低く耳障りな音を立てて荒れ狂う。この広大な屋内闘技場を以てしても客席に被害が出そうなほどである。
思っていたよりも遥かに圧倒的だった。
これが、精霊の力。
自分に無くて、他人にある力。
自分には、今後どう足掻いても手に入らない力。
――――――――――――
「さて、レグルス王子」
アルタイルが口を開く。その身体は薄緑のオーラに包まれ、淡い光を放っている。その頭には、同じく薄緑のオーラでできた冠を乗せ、背中にオーラのマントを羽織っている。そして空中に立ち、鞘に収めた刀の柄に手をかけ、こちらを見下ろす。
「風の王」とでも呼ぶべき風格である。
「……………………たしかに貴方は天才だ。生まれ持った戦闘のセンスを感じる。だからこそ、お見せしましょう。………………精霊騎士として必要不可欠な精霊の力というものを。……………………これが、今の貴方が越えなければならない壁になる」
そしてゆっくりと刀を引き抜く。刀身から薄緑のオーラが迸る。
――――――――完全武装。
これが、精霊の力。それも、精霊騎士レベルのオーラである。
「………………お遊びはここまでだ。さあ行くぞ」
その瞬間、視界が緑で埋め尽くされた。
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