第9話 レグルス


 神器――――――それは神々の力が宿る器。

 一国を揺るがすほど強力な力を秘める一方、非常に希少で、到底手に入る物ではなかった。

 

 それらは剣や盾、弓などの武器だったり、はたまたコインや地図、時計といった小物だったりと、形態は様々だ。

 神器はその強力すぎる力が故に、良からぬ者の手に渡らぬよう国が管理しているのだった。

 

 ――――――――――――

  

 レグルスが持つ白銀に輝く長剣――――――スターダストも紛うことなき神器であった。

 

 入手した経緯を話すと長くなる。しかし、スターダストは生まれつき力を持たないレグルスが、それでも力を求め、ようやく辿り着いた答えであった。

 

 大幅な身体能力の上昇。

 回復能力の上昇。

 計算能力の上昇――――――――――。

  

 他にも複数、ユニークな力を秘めているのだが、人前でそれらを見せたことはない。

 スターダストがいわゆる「神器」であることが誰かに知られたら、すぐさま国に没収されてしまうだろう。

 王子とは言え、そこに例外は無かった。


 ――――――――――――


 闘技場の、硬い石の地面を一蹴り。

 スターダストが放つ白銀の光を引きずり、ベガとの距離を一瞬にして詰める。それはもう、生身の人間に出せる速さではない。そのまま剣を一閃。しかし、捉えたのはベガの残像だけだった。

 初動を見切り、ダガーを放っていたベガは、既にそちらへと転移している。

 

 攻撃にも、回避にも使える便利な能力。


 と、そこで風を切る音がした。


 ――――――――カウンター!?


 そちらを見ずに、身を深く屈めて回避する。漆黒のダガーが頭をかすめて過ぎていった。

 油断も隙もない。


「めんどくさい能力だ」


 念のため追撃に備えて回避行動を取りながらベガを探る。

 目が合った。その瞬間、またしても彼女が消えた。ダガーは放っていない。


 ――――――――――――どこから来る?


 目視するより先に気配で察知する。背後から強い殺気。しかしこれはベガ自身ではない。またしてもダガーの投擲である。

 レグルスは、どこからか来るだろう本命の攻撃に備えるため、下手に動いて回避はせず、剣で受ける選択肢を取った。


 最初のダガーを、振り向きざまに剣で払う。視界にベガはいない。こちらの動きを見て、常に死角へと移動しているようだ。


 ――――――――――――しかし、どうやって?


 気づけば、闘技場全体にまんべんなくタガーが配置されていた。至る所で黒い粒子か揺らめいている。


 ――――――――――――嵌められた。


 どうやら、試合開始から今までの攻撃は、全て「戦場」のセッティングに過ぎなかったようだ。

 最初の攻防から、ダガーがレグルスに当たらないことを前提に、躱された後のことを計算して投擲していたのだろう。まるで違和感がなかったあたり、流石は二年生の次席である。


 これでベガは、闘技場内ならどこでも一瞬で移動できるようになった。

 

「小癪な……………………」

 

 レグルスが言う。

 それに、ベガは瞳をすうっと細めて答える。

 

「言ったはずだ………………。本気で行く、と」


 その声も、様々な方向から聞こえてきた。

 常に移動しているようだ。しかし、レグルスはもはやベガを視界に捉えようとはしていなかった。感覚を研ぎ澄まし、次なる攻撃へ備える。


「………………準備は整った」

 

 ベガが言う。

 

「ここからは本気で殺しに行く。……………………せいぜい死ぬなよ」


 その瞬間――――――――背後。三方向から、空間を切り裂いて刃が迫る。レグルスは右手に持つスターダストを背中へと回しダガーを受けた。一本、二本、三本と、全てを正確に受けきる。さらに、受けたダガーが遠くに弾かれるようにと工夫を加える。


 ベガが何本のダガーを同時に維持できるのか、またどれくらいの時間維持できるのかなど、詳しいことはまだ分からない。だからこそ、近くにダガーを残しておくのは不安要素が大きかった。

  

 視界を固定し、前方だけを見ている限り、攻撃が来る範囲はある程度絞ることができる。気配に敏感なレグルスならば、そちらを見なくとも背後からの攻撃を防ぐくらい容易いことだった。


 ベガは不用意に距離を詰めず、相変わらず死角から連続でダガーを放ってきた。レグルスはそれを難なく防ぐ。


 しばらく、膠着状態が続いていた。

 ベガによるダガーの投擲は一向にレグルスに届かず、またレグルスもベガを捉えることができない。


 今は後手に回ろう。

 ベガが痺れを切らし接近してきたその時、剣が届くその一瞬で勝負を決める。

 だから――――――。


「それだけか? 決め手に欠けるな」


 煽るように声をかける。

 正直、スターダストの「神器」としての能力を存分に使えば簡単に勝負を着けることもできるのだが、今この場でその選択肢は無かった。

 

 スターダストが神器であることは隠し通す。これは慢心でもなければ変に意地を張っているわけでもない。

 ただ、レグルスが制限された中で強者と戦わなければいけないことは確かだった。


「お前だって私に近づくことすらできないだろ?」

「そっちがびびって逃げてるからだ」

「貴様…………!」


 レグルの視界、ニ十歩ほど先にベガが現れる。怒りに満ちた鋭い目つきでレグルスを睨む。そしてダガーの切っ先をレグルスに向け、言い放つ。


「そこまで言うならやってやろう。………………切り刻まれても文句は言うなよ」


 ベガは気が短いのか、プライドが高いのか、レグルスの煽り口調の言葉にすぐに乗ってきた。


「安心しろ。殺しはしない」


 そう言って、ゆっくりとこちらに歩いてくるベガ。

 4歩、5歩、6歩………………。7歩目で視界からベガが消える。次の瞬間背後から斬撃が降り注ぐ。レグルスの周りを転移で飛びながら、回避と攻撃を繰り返す。

 剣でいなしながらも、受けきれないものは大きく回避する。回避と同時にダガーが少ない床へと移動する。


 戦いながら、床に刺さるダガーの位置を常に把握しておかなければならなかった。

 それに、カウンターを入れようにもベガを目視してから剣を振るうのでは遅すぎるため、一撃入れるにはベガが転移する先を予測し、タイミングを読んでそこに斬撃を飛ばすことが必要だった。

 そのためには――――――――。


「くそがっ」


 追い込まれた振りをしてベガを誘い込む。目標は三角形にダガーが置かれているところ。その中心にレグルスが入り、ベガが転移してくるタイミングでスターダストを横に一閃する。うまく行けばベガに一撃入るだろう。そして、少しでも転移のリズムが乱れれば勝負はこっちのものだ。


 ベガの攻撃を受ける反動を使い、自然に移動する。

 目標の場所まで来た。

 あとはベガが転移してくるタイミングにうまく合わせるだけである。

 狙いを悟られないよう、振り返る素振りを見せる。振り返った瞬間に、死角から攻撃してくるだろう。

 

 ――――――つまり、レグルスの背後にある二本のダガー。そのどちらかである。

 

 振り返るその動きのまま一回転。腰を捻りながら大きく水平に剣を薙ぐ。スターダストの白銀の光が弧を描いた。


 ――――――――――――!!


 確かな手応え。


「ぐがっ!!」


 ベガは辛うじてダガーを構え、致命傷は防いだようだ。しかし、その衝撃までは殺せなかったようで、勢いよく遠くまで転がっていく。

 少なくとも腕の骨は折れているだろう。肋骨も何本か折れているかもしれない。苦しそうに胸を上下させながら起き上がろうとする。しかし、転移はしない。いや、ダメージが酷くてできないのか……………………。


 とにかく、


「ここまでだ」


 瀕死のベガとの距離を詰め、容赦なく長剣の先を突きつける。

 苦痛に顔を歪ませるベガは、最後に何か言おうとして、しかし吐血する。


「そこまでっ!!」


 審判員が声を上げ、レグルスの二戦目は終了した。


「勝者、レグルス・スターライト!」


 会場に歓声が上がる。


「すげえな、レグルス王子。秀才って噂は本当だった」

「二年生二人に無傷で勝つのかよ」

「初戦なんてほんの一瞬だったよな」


 デネブに続き、ベガにも勝利したレグルスを会場全体が讃えていた。

 精霊の力が使えないレグルスの、その天賦の才を目の当たりにし驚嘆していた。

 しかし、


「でも次はあの人だもんなぁ」

「勝てるはずないよな」

「まぁでも、レグルス王子がどこまで戦えるのか楽しみだな」


 そんな声も聞こえてくる。


 あの人――――――――――「アルタイルか」


 ――――――――――――


 スターダストを鞘に戻し、より一層意識を高める。

 レグルスにとって、次の一戦が最も重要だった。

 これまで様々な壁を乗り越え、なんとか築き上げた自分の戦い方。それが強者相手にどれほど通用するのかを知る絶好の機会だった。


 スターダストの柄にそっと手を置き、闘技場の反対側からこちらへ歩いてくる人影を待っていた。

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