第7話 レグルス


 スターライトが代々引き継ぐ力を、レグルスは持っていなかった。


 ――――――――――――

 

 精霊国の王家――――スターライト家。

 彼らは強力な光の力を有し、永きに渡り精霊国を治めてきた。

 時に大地を裂き、時に人々を癒す…………………。その力は強大で、他に類を見なかった。


 ――――――――――――


「…………あの、レグルス様。…………負けてしまいすみません」

「………………………………」

「もっと精進しますので、どうか………………」


 広い、円形の闘技場を見下ろす控室。

 先程模擬戦を終えて戻ってきた生徒が、まっすぐにレグルスの元へ来て言った。

 弱腰で、非常に怯えた様子である。


 しかしそれに、「失せろ」と一言。

 レグルスは一瞥もくれず、腕を組み、その長い脚も組み、椅子に深く腰掛けている。

 この控室にはレグルスのために、一際豪奢な椅子がひとつだけ用意されていた。

 

 しなやかな長い白髪に、同じく純白のまつ毛。

 瞳を軽く閉じ、静かに俯いている姿は神々しいまでの美しさを放っていた。


 模擬戦は次で四回戦目に突入する。

 現時点で一年生は既に三人が敗北を喫し、これから四人目の戦闘が始まるところだった。

 ちなみに二年生側はまだ一人目である。


「無駄なことを………………」


 こうなることは予想していた。

 彼らでは、やはりまともな勝負にならない。

 だからこそ、模擬戦に出るのは自分、アンドロメダ、今はいないが首席の生徒の三人だけで良かったのだが…………。


「まぁいい」

 

 レインフォールでは、実力の伴わない者は進級できない。こと騎士科に関しては特に、進級するためには過酷な試験を突破する必要があるのだった。


 ――――――彼らは進級できない。


 それは、今の二年生を見れば一目瞭然である。

 首席のアルタイル、次席のベガ、三席のデネブ。

 入学時はそれ以下の生徒も何人かいたらしいが、進級できたのはその三人のみだったと言う。


 それなのに、今年の一年生はというと……………。

 遅刻している首席。

 どこに行ったか分からない次席。

 そして、その下に私。


 ――――なぜ?

 

 レグルスは正直、二年生との模擬戦よりも首席のペルセウス、次席のアンドロメダの二人と戦いたかった。

 そして確かめたかった。

 本当に私のほうが下なのか、ということを………。


 ――――――――――――


 闘技場で歓声が上がる。

 

「もう終わりか?」


 しかし、まだ戦闘が続いている気配があった。

 どうやら他の三人と比べ、今回は善戦しているようである。


 レグルスはようやく薄っすらと目を開けた。

 透き通るような、美しい灰色の瞳である。

 この髪や肌や瞳の色などの、色素の薄い美貌はスターライト家の血を引く者だけが持つ特別な容姿であった。


「退け」

 

 立ち上がるなりそう告げる。

 唇の隙間から、伸びた鋭い犬歯が顔を覗かせた。

 

 急いで場所を空ける生徒たち。

 レグルスはその広いバルコニーから闘技場を眺める。

 眼下を見下ろし、僅かに口の端を吊り上げた。

 今戦っているのは二年生のデネブ・カイトスと、一年生の四人目、淡い紫色の長髪が特徴的な少女である。


 悪くない動きだ。

 

 双剣を手に素早く動き回る二年生のデネブ。それに、ヴィクトリアも短剣と、自身の精霊の力を以て応戦している。


「…………悪くないね」


 不意にレグルスの背後から声がした。

 軽く、砕けた口調の声――――アンドロメダである。

 しかし、少し前からその気配に気づいていたレグルスは振り返らない。


「ねぇ、驚いた?………………びっくりしちゃった?」

「……………………」


 そんな事を言ってくるが、レグルスは闘技場に目を向けたまま、相手にしない。

 

 ヴィクトリアの動きが「悪くない」とは言え、デネブに勝てる可能性は微塵もなかった。

 デネブは一回戦の時から既に見切りをつけ、明らかに手加減してくれていた。

 その証拠に、彼女は未だ精霊の力を使っていない。

 使うまでも無い相手ということである。

 欲を言えばデネブとやらの「力」を見ておきたかったが、やはりそれは無理なようだった。

 もうここにいる必要もない。

 振り返り、椅子へと戻ろうとするが………………。

 アンドロメダが無理やり肩を組んでくる。

 

「王子様もまだまだだね、そんなんじゃ夜中に暗殺されちゃうよ?」


 言いながら、レグルスの胸元――――心臓を突き刺すような素振りをする。

 子供みたいな絡み方だ。しかし、その顔にはこちらを値踏みするような含みのある笑みを浮かべている。

 

 この挑発に乗って感情的になるのは相手の思うつぼだろう。

 レグルスは、ひとつため息をついて答えた。

 

「………………お前の気配の隠し方はずさんだ。もっと鍛錬しろ」

「いやいや、気づいてなかったくせに…………強がんなよ」

「…………黙れ」


 再度、ため息が漏れる。

 成績が下とは言え、仮にも王子に対してそんな接し方をすれば普通であれば罰せられるだろう。

 敬意も何も、あったものではない。

 しかし、レグルスは特にそういった家柄への敬意というものに興味がなかった。 

 要は、「どっちが強いのか」である 

 普段は横柄な態度のレグルスだったが、強い者にはそれなりの敬意を示すのであった。


「素直じゃないなぁ」などと言うアンドロメダを無視して、眼下に意識を向ける。

 

 風の精霊か………………。

 

「強くはないな」と思う。

 

 ヴィクトリアの周囲を取り巻く空気の渦が、デネブの双剣を弾く。

 精霊の力を纏った短剣は、より鋭く、より速く、風の刃となって繰り出される。

 が、しかし………………………………。

 

「だめじゃん………………もう少し粘ってくれないかなー」

「無理だろうな」

「…………でもあの子、何かありそうだよ?」

「そうか?」


 そうだったか?と記憶を探る。

 何か、違和感を感じた人のことは基本的に忘れないのだが………………。


「…………記憶にないな」

 

 レグルスはそう言って、視線を戻す。

 

 ヴィクトリアはまだ善戦している。

 してはいるのだが………………………………。


「問題は…………相手がまだ力を一切使っていないって事だよね」

「あぁ」


 未だ、デネブとやらは霊力を使っていない。

 使わずに、ヴィクトリアの全ての攻撃をいなしているのである。

 霊力は本来とても強力なため、精霊国での常識として、戦闘において霊力には霊力を以て対抗するのが基本であった。

 しかし、それを生身で簡単にいなされているということは………………。


「弱いな」

「分かってないだけだよ。力の使い方をね」

「……………………私への嫌味か?」

「まったく、王子様は敏感だなー」

 

 見ているうちに、ヴィクトリアを取り巻く風が消えた。

 疲労により、力を制御する精度が落ちているのだ。

 急いで距離を取ろうとするヴィクトリア。しかし、デネブがそれを許さない。

 あっという間に追い詰められてしまう。


 ……………………勝敗は付いていた。


「こんなものか」

「………………………………まぁでも、精霊の力って普通はこれから習うものだからさ」

「……………………それも嫌味か?」


 そう言うレグルスに、アンドロメダが笑う。


「だから違うって……………………以外だな、君も冗談が言えるんだね」

「私をなんだと思ってる?」

「…………さあね」


 そこで会話は途切れた。

 レグルスは観戦をやめ、椅子に戻る。

 もう見る必要はない。

 

 デネブが使う力の系統を少しでも見れれば良かったのだが、見れなくとも何の問題も無かった。

 実際の戦闘ではたたかいながら相手の力を見極め、対応していかなくてはならないのだ。

 それに、デネブが恐らくサポート系の能力だということは分かったため、何にせよもう見る必要はなかった。

 

 デネブはきっと、一対一の戦闘は得意ではないだろう。


「次はレグルスでいい?」


 と聞いてくるアンドロメダに、「あぁ」と頷いて応える。

 初めから、そのつもりだった。


 「君が全員倒してよ」と、アンドロメダは軽い冗談のつもりで言ったのだろうが、レグルスは既にその気でいた。


 デネブにしても、恐らくベガにしても、私の相手ではない。

 レグルスは、来たるアルタイルとの一戦を見据えて心を踊らせていた。


 ――――――――――――


 スターライトが代々引き継ぐ力を、レグルスは持っていなかった。

 それどころか、レグルスは他の精霊の力さえ使うことができなかった。


 それでも私を王子と呼び、敬い、付き従う者たちが、顔も名も知らない数多の国民が、弱いままでいることを決して許しはしないのだ。


 ――――――応えたい人生だ。


 この身に余る大きな期待に、そのほんの小さな敬意にすら、私は応えてみたいのだ。


 レグルスは改めて、強さを求める決意を固めた。

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