第5話 アンドロメダ
曲がりくねった廊下を抜けた先。
ガランとした薄暗い教室。
各々が好きな席に座ったのを確認すると、メル先生が口を開いた。
「改めまして騎士科へのご入学おめでとうございます。騎士科一年を担当します、メルキュールと申します」
メルキュール――――メル先生は二十代半ばくらいの若い女性だ。
身長の高い、女性なら誰もが羨むような理想的な体型。
後ろで一つに結わえた長い黒髪。
細い首に、小さい頭。
いつもクールな無表情で、涙ボクロが魅力的な美人である。
そのまま、メル先生によるガイダンスが始まった。
「ご存知かとは思いますが…………騎士科は精霊騎士を育成するための特別クラスです。貴方たちは騎士になるための才能と将来性を認められここにいます。他の多くの生徒ではなく、貴方が選ばれたという事を常に頭に入れておくようにしましょう」
相変わらずの美声で、先程、式中に寝たばかりだというのに、既に眠気が襲ってきた。
「これから3時間ほどの休憩を経て午後の部に移りまが……その前に、皆さんにはクラスの代表を決めてもらいます。本来であれば首席の生徒が代表となりますが不在のようなので…………どういたしますか?」
そう聞かれ、六人は無言で視線を交わす。
アンドロメダは特にレグルスを見た。
目が合うと、顎をくいっと上げて「お前がいけよ」の合図を送る。
レグルスもそれを理解したようで、僅かにうなずいた。
そして………………。
「私がやろう」
と一言。
それに反対するものはいない。
メル先生も、「いいでしょう」と軽く頷いて了承する。
「模擬戦は一対一の勝ち抜きです。負けたら次の人が出て、勝った人はそのまま残ることができます。先に全員を倒したチームが勝ちとなります。…………事前に出る順番を決めておくといいでしょう」
そう言って、「何か質問はありますか?」と尋ねる。
躊躇うような僅かな沈黙の後、一人が声を上げた。
「あの…………その、二年生は何人いますか?」
教室の端の方に座っている女の子が控えめに聞いた。
隣に座るのは双子の姉妹だろうか、瓜二つの女の子と一緒にいる。
「三人です」
メル先生が静かにこたえる。
そして………………。
「いい機会ですね」と、二年生の事を話し始めた。
話によると、現在の二年生の中に、一人だけ圧倒的な強さを誇る生徒がいるらしい。
アルタイル・ドレスデン――――――通称「アル」と呼ばれる異端児である。
アルタイルは既に上のクラスへの進級が決まっており、十七歳という年齢にして精霊騎士と共に前線へ赴くこともあるという、かなりの実力者であった。
本来であれば、そのような「騎士見習い」活動は四年生から行うものである。
近年は特に、帝国の侵攻により争いが激化しているため、並の能力では前線に出ても役に立たないどころか足手まといになるだけであった。
そんな前線を経験し、無事生還しているという事実が、アルタイルの実力を物語っていた。
「六人対三人で勝負するんですか?」
同じ女の子が聞いた。
いくら強力な生徒が一人いるとは言え、その人数差は倍である。
申し訳無い気持ちが芽生えるのも無理はなかったが………………。
しかし、「はい」とメル先生。
どうやらアルタイルとやらは、相当な信頼を得ているようである。
メル先生の話から、一年生が勝つことなどあり得ないといった自信が窺える。
「これは早期退場が好手かな」などと考えていたアンドロメダだったが、しかしここでレグルスが謎の対抗心を見せてきた。
「…………舐められたものだな。こちらも三人でいいぞ?」
などと言う。
言いながらもその長い脚を組み、ふてぶてしい表情で座っている。
「それは話が違う」と思いながらも、この絶好の機会を逃すアンドロメダではない。
すかさず反応する。
「いいね。じゃあ僕は応援してるね」
何気ない表情で、さらっと言う。
「ふざけるな」
「…………大真面目だよ」
「次席のプライドはないのか? 」
「ないよ」
「残念な奴だな…………」
「………………」
しばらく睨み合う二人。
先にアンドロメダが口を開く。
「そんなに言うなら…………君が最初に出て全員倒してよ」
小声でそんなことをつぶやく。
するとレグルスが、にこりともせずに言う。
「ここは本気で精霊騎士を目指す者が集まる場所だ。やる気がないなら、帰れ」
「え〜。そんな事言うなよ」
「ふざけるな。…………仮にもお前は、この俺を差し置いて次席の位置にいる。それ相応の態度と行動というものを心掛けろ」
レグルスが軽蔑したような視線をこちらに送る。
アンドロメダは疲れたように机に伏せた。
そして、言う。
「なに、悔しいの?」
「何がだ?」とレグルス。
「首席逃しちゃったね」
「……………………それはお前もだろう?」
「まぁそうだけど………………。次席も取られちゃったね」
「試験は総合評価だ。器用貧乏なお前と違い、俺は近接戦闘に特化している」
「ふーん…………」
たしかに、レインフォールの入学試験はそんな一面を持っていた。
すなわち、様々な分野における能力を総合的に試すのだ。そのため、ある特定の分野において秀でていても、他がだめなら総合点は自ずと低くなるのである。
総合的にアンドロメダのほうが出来ることは多いだろうが、「近接戦闘」の分野で見れば、圧倒的にレグルスのほうがレベルは上なのだろう。
しかし、「次席」はアンドロメダである。
学園からの評価がそうである以上、ある程度の責任は意識しなければいけないだろう。
午後の模擬戦は、当然ながら国の重鎮らがこぞって視察に来る。そのため、目覚ましい活躍を見せれば個人的に声がかかる可能性だって十分あり得るのだ。
それならばなおさら………………。
「その三人はどうやって決めるつもり?…………王子様の独断と偏見?流石だな、王族はやっぱり違う……………………」
「黙れ」
「あはは、怒るなよ王子様………………」
「口を閉じろ」
煽るような物言いのアンドロメダを、レグルスが遮る。
鋭い視線でこちらを見るレグルス。
場の空気が凍りついた。
しかし、アンドロメダはそれを意にも介さず続ける。
「だってそうでしょ?せっかく騎士科に入ったんだから自己アピールしていきたいよね?出れないとか悲しくない?……………………」
そして、「ねえみんな?」と、教室にいる顔ぶれを見渡す。
誰も反応しない。
レグルスの怒りを買わないように、目を逸らし、無反応を貫く。
本当は、レグルスが言いたいことも分かっていた。
メル先生の話を聞く限り、一年生でアルタイルとまともに戦えるのは自分かレグルスだけだろう。
他は話にもならない。
首席がどうかは知らないが、少なくとも上位の二人とそれ以下の生徒との間には大きな実力の差が見て取れた。
どうやらレグルスは面倒なことを嫌う性格なようで、初めから勝敗が分かっているならやる必要はないと思っているようである。
「こうしよう…………」
アンドロメダが言う。
それは主に、不服そうな顔でこちらを睨みつける白髪の王子に向けて発せられた言葉だった。
「僕たちが出るのは最後だ。先に皆が自分の実力をアピールする場を設けるんだよ」
それに、レグルスは、「いいだろう」と一言。
これで取り敢えず問題ごとは解決できた。
……………………アンドロメダも確実に出る羽目になったのだが。
「しゃーないね」とつぶやき、面倒くさそうに再び机に突っ伏す。
「あ、順番は適当に決めてね」
と付け加える。
少しして、メル先生の声が聞こえてきた。
アンドロメダはそのままの姿勢で耳だけ傾ける。
なんてことのない、「では休憩をどうぞ」という案内であった。
「首席の人早く来てよ」と思いながら、アンドロメダは本日何度目かの眠りに就いたのだった。
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