第3話 アンドロメダ

 入学式。

 静まり返る広間に、雨の音が響いていた。


「………………続きまして、新入生代表挨拶……代表生徒はご登壇下さい。」


 司会を務めるメル先生が、持ち前の美声で告げる。

 

 アンドロメダ・キールはこの時を楽しみにしていた。


 式が始まってからかなりの時間が経過した今、アンドロメダは初めて「話を聞こう」という体制を取り始めた。

 大きく伸びをして、目にかかる長い前髪を掻き上げる。

 緩くウェーブした黒髪だ。

 照明の明かりを受けて艷やかに光っている。

 そして背筋を正し、その時を待っていた。


 代表生徒とは、つまりその年の首席合格者のことである。

 精霊国屈指のエリート校であるレインフォールには、毎年貴族の令息・令嬢が数多く集まっていた。

 彼らは幼い頃から、将来要職に就くための厳しい教育を受けている。

 そのため、貴族ではない生まれの者が彼らと競い、「首席」の座を勝ち取ることは至難の業だった。

 特に今年は、「秀才」と名高い精霊国の第二王子も同期で入学しているため、上位争いは熾烈を極めているのである。

 多くの者が王子に期待を寄せる中、しかし彼はどうやら三席――上から三番目の成績だったらしい。

 あの第二王子が三席である。

 王子を差し置いて首席の座に位置するのはどんな人なのか、今日集まった誰もがそのことを気にかけていた。


 しかし……………………。

 誰も出てこない。

 動く気配もない。

 暫く空白の時間が続いた。

「………………代表生徒の方はご登壇下さい。」

 沈黙に耐えかね、メル先生が再度告げる。

 しかし、やはり出てくる者はいない。

 少しして、代わりに学園長が登壇した。

 長髪を後ろで結わえた、聡明そうな男性である。年齢はまだ30代だろうか、かなり若い印象だ。

「えー…………彼は少し遅れてるみたいですから飛ばしましょう。」

 それだけ言うと踵を返し、席に戻っていく。

 一瞬ざわつく会場。

 由緒正しいレインフォールの入学式において、首席が不在などという自体があっていいのだろうか。

 しかしすぐにメル先生がそれを諌めた。

「静粛に!…………大変失礼いたしました。続きまして、ご来賓の皆様を紹介致します。財務局より…………………………。」

 流石はメル先生である。

 何事もなかったかのように式が再開した。

 

 学園として格式の高いレインフォールの入学式には、国の要人らが数多く出席する伝統があった。

 彼らは、将来国を担う事になるだろう金の卵たちをじっくりと観察するのである。

 そのため生徒は式の間ずっと気を張り続けなければならなず、非常に厳格な式となっていた。

 

 そんな中、アンドロメダは迫りくる眠気と戦いながら、横目で周りの様子を窺う。

 流石は名門校と言ったところか、皆一様に背筋を正し話を聞いている。

 どこかに寝ている者が一人くらいいないものかと探したが、あいにくいないようだった。

 「学年首席はどうしたんだろうか」などと考えながら、アンドロメダは強烈な眠気に身を任せるのだった。

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