20話 必要な存在
「落ち着いたら……って、それはどういう意味ですか?」
不安な気持ちを押し殺し、レオナルドに尋ねた。
「レティに家督を譲って、俺の助けがいらないくらい仕事を覚えるようになったらかな? レティは頭が良くて仕事の覚えも早い。1年もすれば俺の仕事を全て覚えられるだろう。大学との両立はなかなか難しいかもしれないが……補佐してくれる人物を今から俺が面接して、雇うことにするよ」
何処までも淡々とレオナルドは語る。
「去るって言ってましたよね? 一体、どこへ行くつもりなのですか?」
「どこへって……」
「まさか、行先も告げずに黙って消え去るつもりですか……?」
気付けば、再び私の目に涙が溢れていた。
なんて私は自分勝手なのだろう。リーフを出た時、誰にも何も告げずに行方をくらましてしまったのに。
それなのに、レオナルドに黙って消え去るつもりなのかと責めているのだから。
「レティ。悪かった。別に泣かせるつもりじゃなかったんだ」
レオナルドは私の方に手を伸ばしかけて、ひっこめた。
「大丈夫だ、俺がここを去る時は事前に知らせる。いつ、どこへ行くか告げて行くよ。勝手にいなくなったりしないから安心してくれ」
「レオナルド様……」
涙で頬を濡らしながらレオナルドを見つめる。
「そんなに泣かないでくれ。祖父の体調が良くなったら俺から伝えるよ。レティに家督を譲るって」
「そ、それでレオナルド様はグレンジャー家を去ることを告げるのですか……?」
「……そうだな」
短くぽつりと返事をするレオナルド。
「行く当てはあるのですか? まさかこの島を出るつもりですか?」
「両親は造船会社を営んでいたから世界中を旅してきたらしい。俺もこの島を出て旅をしてみようかと思う。この島と同じ位魅力的な場所を見つけたら、そこに定住してもいいかもしれないしな」
レオナルドの言葉は、あまりにも現実離れしていた。まるで夢を見ているかのような錯覚に陥ってしまう。
「おじい様も、おばあ様も……出て行かないで欲しいと思っているはずですよ?」
「祖父母なら俺がいなくても、きっと大丈夫だ。ここに本当の孫のレティがいるんだからな。シオンとのことは残念だったが、きっとこの先レティにまた素晴らしい出会いがあるはずだろう」
「で、ですが……」
レオナルドはさらに言葉を続ける。
「レティはずっとこの島で暮らしていくと決めたんだろう?」
「はい、そう……です」
「だとしたら、やっぱり正式なグレンジャー家の血を引くレティが家督を継ぐべきなんだ。そしていずれは正当な貴族の血を引く誰かと出会い、結婚して次の世代へ引き継ぐ。だが、俺がいたら……その、色々不都合なことになるだろう?」
その言葉に強い意志を感じる。
レオナルドは本気でここを出て行こうとしているんだ。
それも私が原因で。
今日、カサンドラさんが私の耳元で囁いた言葉が蘇ってくる。
『私では駄目だったけど……あなたなら大丈夫。レオナルドのこと、お願いね』
シオンさんは手紙で、こう告げた。
『レオナルドをよろしく頼むよ』
何故、2人が私にレオナルドのことを頼んできたのか分からない。けれど彼にお願いしたいのはむしろ私の方なのだ。
「レティ? どうしたんだ? 大丈夫か?」
いつまでも俯いている私にレオナルドが心配そうに声をかけてきた。
気付けば、私はレオナルドの袖を掴んでいた。
「レティ……?」
狂気に囚われた母は、私を娘と認識することなく亡くなってしまった。
父は私に背を向けてきた。
セブランは私では無く、フィオナを選んだ。
密かに恋していたシオンさんは……気持ちを告げる前に婚約してしまった。
このうえ……レオナルド迄いなくなってしまっては私はどうすれば良いのだろう?
俯き、レオナルドの袖を握る手が震えてしまう。
「どうしたんだ? 大丈夫か?」
レオナルドの私を気遣う優しい声が心に染み入って来る。
そうだ……きっと祖父母よりも一番レオナルドを必要としているのは、私なのだ。
出会って間もない頃から、ずっと私を温かく見守ってくれた。手を差し伸べてくれていた。
母の死の真相を突き止めてくれたのだって、レオナルドがシオンさんに声をかけてくれたことがきっかけだったのだ。
「行かないで下さい……」
目に涙を浮かべながらレオナルドを見上げる。
「わ、私には……レオナルド様が必要なんです……」
「え…‥?」
私の言葉にレオナルドが目を大きく見開いた――
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