19話 全てを諦めて

「レティ……どうしたんだ?」


レオナルドが驚いた表情を浮かべて私のそばにやってくると、ハンカチを差し出してきた。


「ありがとうございます……」


ハンカチを受け取ると、溢れそうになる涙を抑えた。


「別にお礼なんかいい。だけど……なぜ、泣くんだ?」


「そ、それはレオナルド様が……ここのところ、ずっと悲しそうに見えたからです」


「そんな風に見えたか? 俺はいつもと何も変わっていないぞ?」


レオナルドは肩をすくめて口元に笑みを浮かべるも、私には無理をしているようにしか見えなかった。


「で、でも……」


「ごめん、レティ」


突然レオナルドが謝罪してきた。


「どうしたのですか? 突然謝ってきて」


「俺のせいなんだ……祖父が倒れたのは」


「レオナルド様のせい……? それって、どういう意味なのですか?」


「昨日帰宅してみると、カサンドラが自分の執事を連れてここへ来ていたんだ。祖父母と応接室で既に話を始めていた」


「そ、そうだったのですか!?」


私の言葉に頷くレオナルド。

何てタイミングが悪かったのだろう。昨日、レオナルドは私の為に大学を休んで水族館へ連れて行ってくれた。

当然、その事も祖父母の耳に伝わっただろう。


「3人から、なぜ大学を休んだか聞かれたから水族館へ行って来たと伝えたよ。ただし、1人で行ったことにしたけどな」


「え!? な、なぜそんな嘘をついたのです?」


「レティを巻き込みたくなかったからだ。大体、大学をさぼって水族館へ行く提案をしたのは俺だろう?」


「だ、だけど……」


分からない、何故レオナルドはそこまでして私を庇おうとするのだろう? 

私が祖父母の血を引く孫だからなのだろうか?


「大学をサボっていたことも祖父母はショックだったみたいだし、その上俺の方からカサンドラに婚約を申し込むと言っていたのに……その相手から断りに来たのだから尚更だろう?」


私は黙ってレオナルドの話を聞いていた。


「婚約の話を白紙にしたい理由をカサンドラの口から聞いた時は、流石にショックだったな。祖父母にしてみれば俺以上にショックだったに違いない。でも、結局婚約の話は無くなり、カサンドラは帰って行ったよ。そのすぐ後だ、祖父が倒れたのは」


「!」


その言葉にショックで肩が跳ねる。


「慌てて使用人達と一緒にベッドに寝かせて主治医を呼んで……初めて聞かされたんだ。3年前から祖父には心臓の持病があったんだ」


「お、おじい様に……心臓の持病が……?」


知らなかった、あんなに元気そうに見えたのに……実は心臓の病気を抱えていたなんて。


「だからだったんだろうな。まだ祖父は現役でも働ける年齢なのに、俺に家督を譲ったのも……婚約をするように言ってきたのも」


「レオナルド様……」


「もしかすると……これから先も俺が誰かと婚約をしようとしても、同じ理由で先方から断られるかもしれない。俺が正式な貴族の血を引いていないから……」


ポツリポツリと語るレオナルドの横顔は、まるで全てを諦めたような表情に見える。

それが苦しくて仕方が無かった。


「だから……決めたよ」


「き、決めた……? 何をですか……?」


一体、レオナルドは何を決めたと言うのだろう? 尋ねる声が震えてしまう。


「レティにグレンジャー家の家督を譲るよ。いや、レティが現れた段階でそうするべきだったんだろうな? 落ち着いたら俺は……ここを去ろうと思う」


そしてレオナルドは寂しげな笑みを浮かべて私を見つめた――

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