14話 耳を疑う話
「レティシア? 本当にどうしちゃったの? 向こうに何が……あら? あの女の人は……」
ノエルも気付いたのか、首を傾げる。
「あの女性は、カサンドラさん。お兄様の婚約者になる予定だったのだけど……」
「え? そうなの? でも、あの人はレティシアのお兄さんじゃないわよね?」
「ええ、違うわ……」
一体どういうことなのだろう? 何故カサンドラさんは別の男性と一緒にいるのだろう?
「それじゃ、あのカサンドラって人は浮気しているってこと? レティシアのお兄さんという素晴らしい相手がいるのに?」
「わ、分からないわ……でも、もしかしたら何か理由が……」
「理由なんか、あるはずないじゃない。第一、あんなに二人は楽しそうに笑い合っているじゃない。誰が見ても、恋人同士に見えるわ」
「そう……よね……?」
どうして……? 私の目にはカサンドラさんは、レオナルドに好意を抱いているように思えたのに……。
呆然としていると、ノエルがとんでもないことを口にした。
「ねぇ、レティシア。そんなに気になるなら本人に聞いてみたらいいじゃない」
「ええ!? そ、そんな……駄目よ。だって二人のことは私には関係ない話だし……」
「関係なくないわよ。だって、もしかすると義理のお姉さんになるひとだったのかもしれないでしょう?」
「義理の姉……確かにそうかもしれないけれど……」
けれどカサンドラさんも、ノエルも私とレオナルドの本当の関係を知らない。隠し事をしているのに、私の方から尋ねるわけにはいかなかった。
そのとき――
「あら? レティシアさんじゃないの」
「え?」
慌てて振り向くと、いつの間にか私達の直ぐ側にカサンドラさんが立っていた。背後には黒髪の見知らぬ男性も一緒だ。
「あ……こ、こんにちは。カサンドラさん」
「ええ。こんにちは、レティシアさん」
立ち上がり、挨拶するとカサンドラさんも返してくる。
一体隣りにいる男性は誰なのだろう……?
すると私が何を考えているのか分かったのだろう。カサンドラさんが男性を振り返った。
「あぁ? 彼? 彼はね、私の新しい婚約者候補なの」
「「え!?」」
私とノエルの声が重なる。すると男性が前に出てきた。
「こんにちは」
「あ……こ、こんにちは……」
戸惑いながら返事をするとカサンドラさんが意味深な言葉を口にする。
「フフフ……レティシアさん。何だか戸惑っているみたいね? でも私もそうなのよ? すごく戸惑ったのだから」
「え……?」
まさか、昨日私とレオナルドが水族館へ行ったことを知っているのだろうか? けれどそれにしては様子がおかしい。
「あら? 何のことか分からないのかしら?」
「はい……すみません」
「そう? もう分かっていると思ってたけど……仕方ないわね」
カサンドラさんは一度ため息をつくと、衝撃の言葉を口にした。
「ねぇ、レティシアさん。レオナルドはグレンジャー家の養子だったのでしょう? それにあなたも祖父母に引き取られて養子になったのよね?」
「!」
その言葉に、思わず目を見開いた。
「確かに、戸籍上は兄妹の関係だけど……実際は血の繋がりはないのよね?」
「そ、そんな……」
カサンドラさんの言葉にノエルが小さく呟く。
「はい、……そうです。あの、調べられたのですか……?」
「ええ、そうよ。だって将来の夫になる人の身上調査をするのは当然のことでしょう? でも驚いたわ。レオナルドは真の貴族では無かったのね」
「……」
そのことについては何も答えられなかった。
グレンジャー家に引き取られる前のレオナルドの事情は何も聞いていなかったからだ。
「伴侶にするには相手の血筋も重要でしょう? やっぱり真の貴族でなければ結婚なんてできないわ。だから昨夜、直接グレンジャー家に断りに行ったのよ。何故か昨日レオナルドは大学を休んだから」
「あ、あの……それは……」
もしかすると、カサンドラさんは私とレオナルドのことを疑っているのだろうか?
「いいのよ、別に弁明なんかしなくても。だってレオナルドが真の貴族でないとの出自が分かった時点で、彼には何の興味も持たなくなったから。第一、私を騙していたような相手なら尚更よ」
「騙すなんて……!」
レオナルドはそんな人ではない。
「だから、彼にすることにしたのよ。前から交際を申し込まれていたし。ね? アダム?」
カサンドラさんはアダムと呼んだ男性の手を握りしめた。
「もういいだろう? カサンドラ、行こうぜ」
「ええ、そうね。それじゃあね」
するとカサンドラさんは不意に私に近づいてくると耳元でそっと呟いてきた。
「!」
その言葉に私は目を見開く。カサンドラさんは笑顔になると、その場を去って行った。
「ね、ねぇ。レティシア、大丈夫?」
ノエルが心配そうに声をかけてきた。
「え、ええ……大……丈夫」
それだけ返事をするのがやっとだった――
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