6 偶然聞こえた会話

 1時限目の教室に入ると、既にノエルは席に着席していた。


「おはよう、ノエル」


声をかけながら近づくと、ノエルが目を見開く。


「まぁ! レティシア! 今日は大学に来れたのね? ここ数日姿が見えないから心配してたのよ。それに寂しかったわ」


「ええ、もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」


着席しながら返事をする。

その後はノエルに休んでいた分のノートを見せてもらいながら、講義が始まるのを待った――



****



――昼休み


食事を終えた私とノエルは2人で大学内にあるカフェテリアに来ていた。


「そうだったの、それじゃ大学を休んでいた間は家族と一緒に暮らしていたのね?」


ノエルがオレンジジュースを飲みながら私の話に頷く。


「ええ。お祖母様が家に訪ねてきてくれて、その日は泊まってくれたの。翌日から家族のいる家に移って、休んでいたのよ」


「そうね。そのほうが安心だものね」


「これもノエルがお兄様に私のことを伝えてくれたおかげよ。ありがとう」


改めてお礼を述べると、ノエルが大げさに手を振った。


「いやだ、そんなお礼なんていいのよ。たまたまレティシアのお兄さんとすれ違ったっからだもの。あの……それで、レティシアのお兄さんってやっぱりお付き合いしている女性とか……婚約者とかいるのかしら?」


「え? ええ、そうね。いるわ。多分……もうすぐ婚約するかもしれない」


レオナルドの真意は別として、少なくともカサンドラさんは好意を抱いているのは目に見えて分かる。

朝の様子から見ても明らかだ。


「そうだったの……残念だわ。もっと早く出会えていれば私にもチャンスがあったかもしれないのにな〜……だって、本当にレティシアのお兄さんて素敵な方なんだもの」


「ええ、そうね」


本当にその通りだと思うので素直に頷く。


「レティシアが羨ましいわ。あんなに素敵なお兄さんがいるんだもの。でも、そうなると男性の理想が高くなってしまうわよね」


「そ、そうかしら?」


私の脳裏にシオンさんの姿が浮かぶ。


今、彼はどうしているのだろう……? せめて、手紙のやり取りぐらいの約束だけでも取り付けておけば良かっただろうか?


「どうかしたの? レティシア」


「う、ううん。何でもないの」


ごまかすように、ハーブティーを飲もうとした時。店内にいた他の学生たちの声が耳に飛び込んできた。


「え? その話、本当なのか? シオンが爵位を継いで婚約しただって?」


え……?

シオン……? まさかシオンさんのこと?


驚いて、私は声の聞こえた方向に視線を移すと、2人の男子学生が窓際の席に座っている。


「その話、嘘じゃないよな?」


「嘘なものか。俺の親戚が『ガイア』に住んでいるんだよ。ラッセル公爵家といえば有名だからな。今の公爵が亡くなって、正式にシオンが後を継ぐことになったらしいんだ。今、『ガイア』で大騒ぎになっているらしい」


「!」


その言葉に全身の血が引いてく。

シオンさんが……公爵家の人間だった? 後を継いで……婚約した……?


「ちょ、ちょっと! どうしたの? レティ、顔が真っ青よ?」


ノエルが私に声をかけてくる。


「あ……ノ、ノエル……」


「大丈夫? また具合が悪くなってしまったんじゃないの? 午後の講義は休んだらどう?」


「あ、ありがとう。ノエル……で、でも大丈夫よ……授業には、出る……から」


「そう……? でも、あまり無理しないでね?」


「ええ、そうね……」


震えながら、ハーブティーを口にする。心臓がドキドキ激しく脈打って苦しい。


シオンさんが婚約……。


そんな素振り、シオンさんは一度も見せてくれなかった。

でも、そもそも私に伝えるべき話でも無いと判断していたのかもしれない。


だって、私は……シオンさんが公爵家の人だったことすら、教えてもらっていなかったのだから――

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