17 レオナルド・グレンジャーの事情 ⑰
今日から新学期。
ドレスアップしたレティシアは思わず見とれるほどに綺麗で、これから同じ大学に通うことになるのだと思うと、心が自然と浮き立つ自分がいた。
それに馬車に座って登校する時間はとても幸せだった。
だからだろう。
馬車を降りた時に、彼女から「大学内では兄妹という関係にしておいてもらいたい」と言われたときには自分でも驚くほどショックを受けてしまった。
やはりレティシアから見た俺は、「兄」としてしか見てもらえないのだろう。
気持ちを押し殺し、うなずいた。
その代わり、レティシアのことを「レティ」と呼ぶ許可を得ることが出来た。
セブランが「レティ」と呼んでいることを知ったあの日から、俺もそう呼んでみたいと願っていた。
それだけで、満足しなければいけない。
レティシアに男として意識してもらいたいと、願ってはいけないことなのだ。
無理に自分に言い聞かせた。
そのはずだったのに――
****
入学式が終わり、どこか思い詰めた様子のレティと夜の庭を散歩した数日後のことだった。
この日、レティはアルバイトがあったにも関わらずグレンジャー家を訪ねてきてくれたのだ。
俺を含め、祖父母は当然の如く彼女を歓迎した。
4人でささやかな夕食会を開いた後、レティを部屋まで送り、書斎に戻ると祖父が現れた。
「レオナルド、仕事中か?」
祖父は書斎に入ると尋ねてきた。
「ええ、でも大丈夫ですよ。何か御用でしょうか?」
「そうか、なら少し話をしよう」
「はい」
祖父は椅子に腰掛けると、いきなり切り出してきた。
「レオナルド、レティシアのことをどう思う?」
「え? レティのことを……ですか?」
まさか、好意を寄せていることに気付かれてしまったのだろうか?
「レティと愛称で呼ぶくらいだし、2人は私の目から見ても仲が良さそうに思えるのだがな」
「そうですね。レティシアは……俺にとって、大切な家族です」
そう答えるのが精一杯だった。
「家族……か。だが、大切な存在であるということだな?」
「ええ。もちろんですよ」
「なる程な……」
すると祖父は少しの間、考え込んでしまった。その様子が不安を掻き立てられてしまう。
もしレティシアに好意を寄せていることを祖父母に知られれば、どうなってしまうのだろう?
養子という立場で孫娘に恋心を抱くなど、とんでもないと思うだろうか?
レティの婚約が無くなった今、もしかすると祖父母はどこかの貴族との婚姻を考えているかもしれない。
それどころかレティに婿養子を取らせ、新しいグレンジャー家の当主として迎え入れることを考えているのでは……?
何しろ、グレンジャー家に引き取られた俺には貴族の血が流れていないのだから。
思わず暗い考えに囚われていると、祖父の口から思いがけない台詞が飛び出してきた。
「レオナルド。……どうだろう? これは提案なのだが、レティと結婚する気はないか?」
「え……? け、結婚? レティとですか?」
思わず自分の耳を疑う。
「あぁ、そうだ。結婚だ。勿論2人ともまだ学生だし、レティは大学に入学したばかり。だから今は婚約という形で……どうだろうか?」
「どうと言われても……」
レティは俺のことを「兄」のように捉えているのに?
「レティではイヤか?」
「まさか! イヤだなんて!」
そんな風に思うはず無い。俺は彼女が好きなのだから。すると、祖父が笑みを浮かべた。
「そうか、なら結婚をしても良いと考えているのだな?」
「あ……そ、それは……」
まさか、こんな形で祖父にまんまと嵌められるとは思わなかった。
「なら決まりだな。私たちはレティが現れたときからレオナルドと結婚して、グレンジャー家を盛り立てて欲しいと考えていたのだ。何しろ、お前はまだ若いのに当主として立派に頑張ってくれているからな」
「お祖父様……」
そんな風に考えてくれていたなんて。
一瞬でも祖父の気持ちを疑ってしまった自分を恥じてしまう。
けれど、次の言葉で衝撃を受ける。
「それでは、レティを説得してもらえないか?」
「説得? どういうことでしょうか?」
「実はレティには既にこの間の食事会の後に、レオナルドとの結婚を勧めていたのだ
よ」
「え!? もう話してあったのですか!?」
どうりであの夜、レティの様子がおかしいと思った。
まさか、俺との結婚話を既に持ちかけられていたなんて……。
「そ、それで……レティは何と言ってましたか?」
「うむ。今はまだ何も考えられないと話していた。……照れていたのだろう」
「そうですか……」
その言葉だけで十分だ。恐らくレティは俺との結婚話に困っている。だから、返事が出来なかったのだ。
「だから、お前から自分と結婚するようにレティを説得してくれないか?」
「ええ!? 俺から……ですか?」
俺のことを兄としてしか見ていないのに? それではレティに無理やり結婚を迫るようなものではないか。
「何、お前ならきっと大丈夫だ。受け入れない女性はいないだろう。自分に自信を持つといい」
大丈夫? 一体何を根拠に祖父はそんなことを言うのだろう?
レティは俺のことなど、何とも思っていないのに……!
「少し……考えさせてもらえませんか……?」
それだけ告げるのが精一杯だった。
「何だ? お前もそうなのか? 全く、2人揃って似たようなことを言うとは……分かった。だが、なるべく早く頼むからな」
祖父はそれだけ言い残すと、書斎を出ていった――
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