16 レオナルド・グレンジャーの事情 ⑯

 レティシアがセブランとの婚約破棄が正式に決定し、気付けば俺は自然とレティシアの姿を目で追うようになっていた。


今まで特殊な関係だったとは言え、一応レティシアにはセブランという婚約者がいたので自分の心を自制していた。

そのタガが外れてしまったのかも知れない。


改めてレティシアのことが好きなのだという気持ちに気付いてしまったのだ。

けれど皮肉なことに、もう一つのことにも気づいてしまった。


レティシアがシオンを好きだということを……。

シオンはレティシアのことをどう思っているのだろう? 


まだ彼と知り合ったばかりの頃、シオンが話してくれたことがある。

自分は家族との確執により、人とは距離を置くような人間になってしまったと。

けれど彼は俺のことを親友と認めてくれたし、レティシアにも特別な感情を持っているように感じた。


もし2人が互いに思い合っているなら、レティシアのことを諦めようと思った。


だから、俺は……。



****



「え? 何だって? もう一度言ってくれ」


大学のハーブ菜園で水撒きをしていたシオンが首を傾げる。


「シオンがひとりで長期休暇の間ハーブ菜園の世話をするのは大変だろう? だからレティシアに手伝ってもらったらどうだ?」


「いや、それは確かに手伝いはあったほうが楽だが……それじゃ彼女に悪いだろう? 園芸の仕事は結構きついし」


「だけど、レティシアが園芸仕事が好きなのは知っているだろう?」


「ん? 確かに言われてみればそうだが……でも、女性に手伝ってもらうのは申し訳ないよ」


「だったら、こうしてみたらどうだろう? アルバイトとして雇うんだよ。実は今彼女はアルバイトを探しているだ最中なんだが、なかなか見つからなくてね。だからシオンが雇ってやるんだよ。勿論、賃金なら俺から支払うから……」


するとシオンが真面目な顔つきになる。


「そういうことなら、レティシアをアルバイトに雇うのは良い考えだと思う。だけど賃金なら俺が支払うからな?」


「だけど、それでは俺の気が……」


「レオナルド、お前は俺にとって良い親友だよ」


不意にシオンが肩に手を置いてきた。


「シオン?」


「だから、下手な金銭関係は持ちたくないんだ。分かるだろう?」


「……そうだな」


シオンは権力と金銭欲にまみれた親族達に囲まれて、命の危険にまで曝されたことも過去にあった。

だから、尚更思うところがあるのだろう。


「分かったよ。なら、これだけは約束してくれないか?」


「どんな約束だ?」


「俺から、このアルバイトの提案があったことはレティシアに内緒にしていてもらいたいんだ。俺の名前は伏せておいてくれ」


「分かったよ。おまえがそうして欲しいと言うなら、伏せておくよ。俺から自然にレティシアに声をかけてみる」


「ああ、頼む」


これでいい。

レティシアはシオンに好意を寄せているが、まだ自分では気づいていない可能性がある。

シオンだって、そうだ。

自然な形で一緒にいられる機会を増やせば……互いのことを意識しあって……。


レティシアのことが好きだから、彼女のために何かしてあげたい。

今まで散々辛い目に遭ってきたのだから、この島に来て幸せだと感じて欲しい。


それが俺の願いだった。




その後、俺の思っていた通りレティシアとシオンの距離は近づいていった。

これで良いのだと思う反面、嬉しくもあり、寂しくもあった。


こんなことを考えるなんて、どうかしている。

まだこの頃の俺は、心の何処かでレティシアの気持ちが自分に向いてくれないかを期待していたのだと思う。


けれど、そんなことは決して無いのだということを思い知らされる日がやってきた。



入学式の日に、大学内では「兄と妹」の関係でいさせて欲しいとレティシアに言われたのだ――





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る