18 レオナルド・グレンジャーの事情 ⑱

「……参ったな……」


祖父が書斎を出ていくと、思わず頭を抱える。


……どうしよう。完全に追い詰められてしまった。


「祖父母はレティが俺に興味を抱いていないことに気づいていないのだろうか……?」


まさか、自分からレティに結婚の提案をするように言われるとは想像もしていなかった。


「レティが……俺を1人の男として意識してくれていれば……どんなにか良かったのに」


これほどまでに彼女が俺に好意を抱いてくれていればと切実に願った日は無かった。


けれど現実は違う。

レティは俺を1人の男としてではなく、「兄」として見ているのだ。


人を好きになるということが、これほど苦しいことだとは思いもしていなかった。

今まで誰かに好意を寄せられたことはあったけれども、自分から誰かを好きになったことは一度も無かったからだ。


だが、それはレティシアだって同じことだ。いや、俺以上に苦しんでいるかも知れない。

何しろ、望んでもいない相手と結婚するように祖父母から迫られているのだから。


「レティを困らせるわけにはいかないな……だったら、確かめるしか無い」


気付けばポツリと自分の考えを口にしていた――




****



 翌日15時――


シオンを訪ね、大学へ足を運んだ。


「シオン、やっぱりここにいたのか?」


シオンはハーブ菜園で植物の世話をしていたが、俺を見ると驚きの表情を浮かべる。


「レオナルド、どうしてここに来たんだ? 仕事で忙しかったんじゃないのか?」


「いや、大丈夫だ。今日の分はあらかた終わらせてきたからな。シオンこそ、ハーブの世話は終わりそうか?」


「ああ。この用具を片付けたら終了だ。あとは帰って、帰国の準備をしないと」


「そうか……実はこれからレティのアルバイト先に行ってみようかと思うんだが、一緒に行かないか?」


「え? レティシアがアルバイトを? どこでやってるんだい?」


やはり、思った通りシオンは興味を示してきた。


「港近くにある手芸店でアルバイトをしているんだ」


「そうなのか? それじゃ、すぐに片付けをしないとな」


「俺も手伝うよ」


2人で用具の片づけを終えると、俺たちはレティのアルバイト先へ向かった。



 俺とシオンが店にやってくると、レティシアは驚きの表情を浮かべた。

店の女性オーナーは、気を使ってくれて早めにレティシアのアルバイトを終わらせてくれた。


レティシアが帰り支度を待つために、店の外へ出るとシオンに声を掛けた。


「あ……そうだった! 急ぎの仕事が1軒残っていたのを思い出した。悪い、シオン。先に帰らせてくれ」


「え? ああ、別にそれは構わないが……大丈夫か?」


「大丈夫だ。レティのことを頼んでも構わないか?」


「勿論、大丈夫だ」


笑顔で返事をするシオンに、別れを告げると急いでその場を離れた。


そう、これでいいんだ。

シオンは明日から、国へ戻らなくてはならない。しかもいつ戻ってこれるのか見通しも立たない状態で。


レティに自分の気持ちを気付かせ、シオンもレティのことを意識してくれればそれでいいのだから……。



****


――翌朝。


 レティの家を訪れた俺は、ほぼ強引にレティをシオンの見送りに連れ出した。


案の定、レティはシオンが出航する時間を聞いていなかった。


何故、見送りをしたいと申し出なかったのかを尋ねると、図々しいと思われたくなかったからだとレティシアは悲し気に微笑んだ。


やはり、そこまでレティはシオンのことを……。


だから俺はシオンがそんなことを思うはずがないと断言すると、レティは少しだけ安心して笑みを浮かべてくれた。


そうだ。俺の役目は妹のようなレティを笑顔でいさせてあげることなのだから。




****



 港に到着するとシオンとレティを引き合わせ、ふたりきりにさせるために俺は買い物をしてくると言ってその場を離れた。


サンドイッチと新聞を買って、2人の元へ戻るとシオンに頭を撫でられているレティの姿があった。


「レティ……」


2人はまるで別れを告げる恋人同士のように見えた。


あそこに……俺の居場所は無い。

思わず立ち止まって2人を見つめていると、シオンが俺に気付いたようでこちらを見て声をかけてきた。


「レオナルド、買ってきてくれたのか?」


「あ、ああ。買ってきたよ」


2人の元へ行き、紙袋を手渡すとそろそろ出航の時間だ。


シオンは船に乗り込む際、「レティシア。レオナルドと仲良くね」とレティに声をかけてきた。

その言葉にドキリとする。……ひょっとすると、シオンは俺の気持ちに気づいているのだろうか?


やがて船はゆっくり汽笛を鳴らしながら動き始めた。

俺もレティも大きく手を振ると、シオンも手を振る。


船が完全に見えなくなるまで見送ると、覚悟を決めてレティに尋ねた。


「……好きなんだろう? シオンのことが」


「え!?」


レティが俺の言葉に狼狽する。その表情を見ただけで、もう答えはもらったも同然だ。なら、もうこれ以上問い詰めるのはやめよう。


「それじゃ、見送りも済んだところだし……大学へ行くか?」


「は、はい……」


馬車に乗り込むと、少し寝かせてくれと言って俺は目を閉じた。


怖かったからだ。

レティの口から「シオンが好きだ」と言われるのが。



……すまない。レティ。


今は、そっとしておいて欲しい――


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