24 聞こえてきた会話
――どのくらい、眠っていただろうか。
「……ティ、レティ……」
直ぐ側で誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。薄目を開けると、祖母がベッド脇に立つ姿が見えた。
「あ……お祖母様。 すみません、眠っていたみたいです」
慌ててベッドから起き上がった。
「いいのよ、そんなに慌てて起きなくて。帰って驚かせてしまったわね。ノックをしても返事が無かったからお部屋に入らせてもらったのよ」
「いえ、大丈夫ですから」
「そう? 熱は……大丈夫そうね」
私の額に手を当てる祖母。
「はい。熱は無いと思います」
「それなら良かったわ。夕食の時間なのだけど、食べに来られそう?」
「大丈夫です。でも、お祖母様が呼びに来て下さるとは思いませんでした」
「ええ。レティのことが心配だったから。でももう大丈夫そうね。良かったわ」
笑みを浮かべるお祖母様。
「はい、大丈夫です」
お祖母様は貴族婦人なのに、料理も作る。とても家庭的で、母性に溢れている方なのだろう。
イメルダ夫人はどうだったのだろう……?
ふと、何故か夫人とフィオナのことが思い出された。
お祖母様に見守られながら、ベッドから降りると室内履きに履き替えた。
「レティ、皆の前に顔を出す前に髪をとかしましょう。私がやってあげるわ」
「ありがとうございます」
ドレッサーの前に座ると、早速祖母が髪をとかしてくれる。
「フフフ……懐かしいわ。こうして、よくルクレチアの髪をとかしてあげたことを思い出すわ。ますます似てきたわね」
「本当ですか?」
「ええ、そうよ」
鏡で見る祖母は本当に嬉しそうだった。
「出来たわ。それじゃ行きましょうか?」
「はい、おばあさま」
そして2人でダイニングルームへ向かった。
****
ダイニングルームが近づいてくると、中で声が聞こえてきた。
「……本気で言ってるのか? レオナルド」
祖父の声だ。何故かレオナルドを責めている口調に聞こえる。
「はい。……本気です」
返事をするレオナルドの声はどこか暗い。……どうかしたのだろうか?
すると、祖母が顔をしかめる。
「あの人ったら……また……!」
祖母は足早に部屋の中へ入っていったので私もすぐに後を追った。
「お待たせしたわね、お二人とも」
ダイニングルームに入るなり、祖母はよく響く声で祖父とレオナルドを交互に見る。
「お待たせ致しました、お祖父様。レオナルド様」
私も中へ入ると、すぐに挨拶をした。すると、2人とも何故か驚きの表情を浮かべる。
「レティ……食事に来れたのだな? 良かった」
祖父が笑顔で尋ねてくる。
「はい、そうです」
「それは良かった。なら、掛けなさい」
祖父に促され、椅子にかけると祖母も着席した。レオナルドに視線を移すと、どこかこわばった表情で視線を下に向けている。
やっぱり何かあったのだ。もしかして、カサンドラさんの件で……?
「それでは全員揃ったところだし、食事にしようか?」
祖父の言葉で、食事が始まった。
今夜の食事は病み上がりの私に向けて用意してくれたのか、どれも私の好きな料理ばかりだった。
食事の時間は穏やで祖父母の会話が中心だった。大学や私のことに触れる話題は一切無く、気を使ってくれているのが良く分かった。
ただ、レオナルドが時折思いつめた表情を見せていることが私には気がかりだった。ダイニングルームでたまたま聞こえてきた会話。あれは一体どの様な内容の会話だったのだろう?
後でレオナルドに確認してみよう――
****
「それでは、お先に失礼します」
食後、レオナルドが珍しく一番先に席を立った。
「あら? レオナルド。もう行くの?」
祖母が怪訝そうに尋ねる。
「はい、少し仕事が残っているので」
ダイニングルームを出ていこうとするレオナルド。2人で話をするチャンスかもしれない。そこで私も立ち上がった。
「あの、私ももう部屋に戻ります。明日は大学へ行こうと思うので早めに休んでおきたいので」
「そうね……病み上がりなのだから、もう休んだほうがいいかもしれないわね」
「ああ。そうしたほうが良いだろう、レオナルド」
祖父がレオナルドに声をかける。
「はい、お祖父様」
「ついでにレティを部屋まで送ってやりなさい」
「分かりました。それじゃ、行こうか? レティ」
私に笑顔を向けるレオナルド。
「はい、レオナルド様」
こうして、私とレオナルドはダイニングルームを後にした。
****
「レティ、本当は何か俺に話があったんじゃないのか?」
廊下を歩き始めるとすぐにレオナルドが尋ねてきた。
「はい、そうです。少し、お時間いただけますか?」
「レティのためなら、時間くらい幾らだって割けるさ。なら書斎で話そうか?」
「お願いします」
笑顔で返事をする私にレオナルドは頷く。
そして……ついにレオナルドから、あの話をされることになる――
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