17 知られてしまった事実

「はぁ……」


3時限目の講義が終わり、机の上の片付けをしているとノエルが話しかけてきた。


「どうしたの? レティシア、今日は朝から元気がないわね?」


「え? そ、そうかしら?」


「そうよ。朝から心ここにあらず、って感じだったわ。授業中も何だか上の空だったし。それに私が知る限り、今朝から10回近くはため息をついていたわよ?」


「そんなに?」


自分でため息をついていたことに気づいていなかった。

やはり、今日からシオンさんがいなくなってしまうことが堪えていたのかもしれない。

それにレオナルドにシオンさんへの好意を気付かされてしまったことも。


「何か悩み事があれば聞くわよ? 私で良ければね」


「ノエル……」


じっと私を見つめるノエル。彼女のそんなところはヴィオラに似ている。


「特に、恋愛に関しての悩みなら大歓迎よ?」


「そ、そうなのね?」


恋愛の悩みの相談……そこだけはヴィオラとは違っているようだ。


「とりあえず、昼休みだし……食事に行かない?」


ノエルが笑顔を向けてきた――



****



 私とノエルは学生食堂で食事をしていた。


「やっぱり、ここから見える景色って最高ね」


二人掛けの丸テーブルに向かい合い、ノエルが窓から見える景色を見つめている。


「ええ、そうね」


パンケーキを切り分けながら頷く。

この食堂はシオンさんと初めて訪れた食堂。あのときの私は、今のノエルと同じシーフードパスタを食べていた……。


そんなことを考えていると、ノエルが真剣な眼差しを向けてきた。


「ほら、またぼんやりしてる。本当にどうしちゃったの? やっぱり……恋愛のことで悩んでいるんじゃないの?」


「え?」


恋愛と言われ、思わずフォークを動かす手が止まる。


「あ、やっぱりその反応……恋愛の悩みだったのね?」


「そ、それは……」


「ほら、話してみなさいよ? 恋愛相談なら、この私に任せて頂戴」


ノエルが身を乗り出してきた、そのとき――


「あら? レティシアさんじゃないの」


不意に声をかけられ、顔をあげるとカサンドラさんが立っていた。


「あ……カサンドラさん。こんにちは」


「食堂で会うなんて、今日で2度目ね。そちらの方はお友達?」


カサンドラさんがノエルに視線を向ける。


「はい、はじめまして。私はノエル・シューマンと申します。レティシアと同じ1年生です」


「私はカサンドラ・アンダーソン。3年生よ。よろしく」


そして私に再び視線を向ける。


「それにしても良かったわ、あなたとレオナルドのことを心配していたのよ。私の助言の効果があったみたいね」


「え?」


一体どういうことだろう?


「あの、それは一体……」


言いかけた時、突然レオナルドの声が聞こえてきた。


「カサンドラ、ここにいたのか? 探していた……え? レティ?」


レオナルドが私に気付き、目を見開く。


「ええ、偶然レティシアさんを見かけて話をしていたところなの」


「そう……だったのか」


私を見つめるレオナルド。


「今日、2人は一緒に馬車で登校してきたでしょう? 昨日、レティシアさんは実家に泊まったってことよね? やっぱり助言してよかったわ」


「助言? 助言て何のことだ?」


眉をひそめるレオナルドにカサンドラさんが得意げに語る。


「実はこの間レティシアさんのアルバイト先を訪ねたの。そこで最近レオナルドが元気がないので、たまにはレオナルドの為に会う時間を割いてもらえないかと頼んだのよ」


「え……? その話、本当なのか?」


レオナルドが驚きの表情を私に向ける。まさか、カサンドラさんがこの場でそんな話をするとは思ってもいなかった。


「は、はい……」


じっと私を見つめるレオナルドの視線が耐えがたかった。


「そうよ、だって2人のことが心配だったのだもの。だから、今日2人が一緒の馬車で大学に来る姿を見て安心したのよ」


「……そうだったのか。ありがとう、カサンドラ」


レオナルドが何処か寂しげに笑い、私達のテーブルを見つめ……カサンドラさんに声をかけた。


「行こう、カサンドラ。2人の食事の邪魔をしてはいけない」


「あ、そうだったわね。お食事中だったのに、2人ともごめんなさい」


「いいえ」

「大丈夫です」


カサンドラさんの言葉に私とノエルが交互に返事をする。


「それじゃ、また」

「失礼するわね」


レオナルドとカサンドラさんは、それだけ言うと去って行った。そしてその後姿を見送るノエル。


「……何だか腑に落ちないわ……。あのカサンドラさんと言う女性は……え!? ちょ、ちょっとレティシア! 大丈夫なの!?


ノエルが驚いた表情で私を見つめる。


「え? 何のこと?」


「顔色が真っ青よ! 今にも倒れそうなくらいに!」


「そう……なの?」


確かに気分はとても悪い。まさか、レオナルドの前でカサンドラさんがあの話をするとは思いもしなかった。


「大丈夫よ」


無理に笑顔を浮かべる。出来たばかりの友人に心配をかけたくは無かった。


「そんなこと言って、無理しない方がいいわよ? 今日はもう帰った方がいいわ。授業のことなら気にしなくていいわよ。私がノートをとっておくから」


大げさな話ではなく、今にも倒れそうなほどに体調が悪かった。


「ありがとう、ノエル。それじゃ、ノートをお願いできるかしら?」


「ええ、大丈夫よ。任せて頂戴」



ノエルの助言で、この日私は大学を早退した――

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