16 気付かされた気持ち

 レオナルドに手を引かれながら、人混みをかき分けるように港の中を歩いていた。


「レティ、シオンの出身の国を知っているか?」


歩きながらレオナルドが質問してくる。


「いいえ、知りません」


考えてみれば、私はシオンさんのことを殆何も知らない。ただ分かるのは、アネモネ島出身ではないこと。植物に詳しいこと。

そして……笑顔が素敵で、とても優しい人……。


「ふ〜ん……レティはシオンと仲が良いからてっきり知っているとばかり思っていたけどな……」


レオナルドが以外そうに首を傾げる。


「それは、シオンさんが何も言わないから……ひょっとすると話したくないのかと思って聞けなかったのです」


「レティは気配りが出来る女性なんだな」


「そうでしょうか……?」


単に臆病だから聞けなかっただけなのに。レオナルドは私を買いかぶり過ぎている。


「シオンの出身国は、この島から東にある『クレスタ』という国の出身で、ここから船で丸2日はかかるんだ」


「その国なら聞いたことがあります。とても大きな国で商業が発展している国ですよね?」


不意にレオナルドの顔つきが変わる。


「これは俺からのアドバイスなのだが、シオンは家族との関係が良くないんだ。だから滅多なことでは自分から家の話をしないし、詮索されるのも好きではない。いずれはシオンの方からレティに自分の境遇を話す日が来ると思うんだ。だから……それまでは何も聞かない態度を崩さない方がいいんじゃないかな?」


「レオナルド様……」


やはり私はまだシオンさんにとっては、それだけの存在ということなのだ。つい、暗い気持ちになってしまう。


「だが、レティがどうしてもシオンのことを知りたいというのなら……俺が知っているだけの情報を教えてもいいのだが……どうする?」


「……いえ、大丈夫です。誰にでも知られたくないことがあるでしょうから。私自身がそうですし」


「そうか? 分かった。なら言わないでおくよ。俺からよりも、シオンの口から聞いたほうがいいかもしれないからな」


「はい、そうですね」


果たしてそんな日が来るのだろうか? シオンさんはこれから故郷に帰るというのに。


「いた! シオンだ!」


そのとき、レオナルドが声を上げた。彼の視線の先を追うと、確かに港に立っているシオンさんの姿が見えた。


「行こう、レティ」


「はい」


レオナルドに手を引かれ、私達はシオンさんの元へ向かった。



「シオン!!」


レオナルドの声にシオンさんがこちらを振り返り、驚いた様子で目を見開く。


「レオナルド……それにレティシア。まさか見送りに来てくれたのか?」


「ああ、この時間に出港すると言っていただろう? だからレティを誘って一緒に見送りに来たんだ」


レオナルドが握りしめていた手を離した。


「そうだったのか……大学だってあるのに、わざわざありがとう」


シオンさんが私に笑顔を向けてくる。


「い、いえ……大学なら大丈夫です。今日は2限目からなので余裕がありますから」


すると、レオナルドが思いがけない言葉を口にした。


「シオン、船旅は長いだろう? 何か食べ物と退屈しのぎに雑誌でも買ってくるよ。少し、ここで待っていてくれ」


「え? レオナルド様」


突然何を言い出すのだろう? するとシオンさんが頷く。


「そうか? 悪いな。それじゃ頼もうかな?」


「ああ、出向する10分前には戻ってくるよ」


レオナルドはそれだけ告げると、駆け出していった。


「レオナルド様……」


レオナルドの背中を見送っていると、シオンさんが声をかけてきた。


「レティシア」


「は、はい!」


「今日は見送りに来てくれてありがとう」


シオンさんが笑顔を向けてくる。


「い、いえ。……あの、ご迷惑ではありませんでしたか?」


「迷惑? とんでもないよ。むしろ来てくれて嬉しかったし」


「ほ、本当……ですか……?」


「勿論だよ。本当は見送りに来て欲しかったけど、大学の授業があると思って言えなかったんだ。だから来てくれるとは思わなかったよ」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


良かった……迷惑だと思われていなかったんだ。それなら……。


「あ、あの。こちらに戻ってこられるときはレオナルド様に連絡を入れますか?」


「連絡か……う〜ん。考えていなかったけど、入れたほうがいいかもな。どの位、帰国するか気にしていたし」


「本当ですか? それなら、到着する日時が……その、分かったら……レオナルド様に……」


そこまで言って口を閉ざす。

いけない……つい、調子に乗って余計なことを口走りそうになってしまった。


「そうだね。帰国の日時が分かったら、レオナルドに電話を入れるよ」


「はい……!」


笑みを浮かべ、シオンさんを見上げると彼はフッと笑って私の頭を撫でてきた。


「え?」


「レティシアが選んでくれた種、向こうでも大切に育てるよ。……元気でね」


まるでお別れの台詞のように聞こえるのは何故だろう?


「シオン……様……?」


するとシオンさんが何かに気づいたかのように視線を移した。私もシオンさんの視線を追うと、紙袋を抱えたレオナルドが立ち止まってこちらを見つめていた。


「レオナルド、買ってきてくれたのか?」


私の頭から手を下ろすと、シオンさんはレオナルドに声をかけた。


「あ、ああ。買ってきたよ」


一瞬ためらうように返事をするレオナルド。シオンさんの前にやってくると紙袋を手渡した。


「サンドイッチと、とりあえず新聞を買ってきたよ」


「ありがとう。……そろそろ出港の時間だな」


シオンさんが足元に置かれたキャリーケースを持った。


「それじゃ行ってくる」


「ああ。気をつけてな」


挨拶を交わす2人。次にシオンさんが私を見る。


「レティシア。レオナルドと仲良くね」


「はい、シオンさん」



シオンさんは笑みを浮かべると、蒸気船に乗り込んでいく。その姿を目で追う私。


全ての乗船客が船に乗り込むとハシゴがあげられ、あたりに汽笛が鳴り響き……ゆっくりと船は動き始めた。


甲板に立っていたシオンさんが手を振ってきたので、私とレオナルドも大きく手を振る。

シオンさんを乗せた船が見えなくなるまで……。


「レティ。シオンと話が出来たか?」


船が見えなくなるとレオナルドが声をかけてきた。


「はい、出来ました。お見送りできたのもレオナルド様のお陰です。ありがとうございました」


「別にお礼を言われるほどのものじゃないさ。それに……好きなんだろう? シオンのことが」


「え!?」


その言葉にドキリとした。


「それじゃ、見送りも済んだところだし……大学へ行くか?」


「は、はい……」


レオナルドはそれ以上追求することもなく、私達は馬車乗り場へ向かった。



馬車に乗り込むと、レオナルドは大学へ着くまで眠らせてくれと言い、今は眠っている。


そんなレオナルドを見つめながら、先程のことを思い出す。


私はセブランとの一件で恋にすっかり臆病になり、自分の気持ちに蓋をしていた。

だけど……レオナルドの言葉で気づいてしまった。


私は、シオンさんのことが好きなのだと――




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