15 出港の朝

 翌朝7時――



「今日からまたシオンさんがいなくなってしまうのね……」


朝食後の後片付けをしながら、思わずため息が出てしまう。


本当は何時の船に乗って『アネモネ』島を出向するのか尋ね、見送りをしたかった。

けれど結局尋ねる勇気が無いまま、昨日はシオンさんと別れてしまったのだ。


しつこい存在だと思われたくは無かったから、見送りの申し出を言えなかった。

セブランとの一件以来、私はすっかり異性に気持ちを伝えることが臆病になってしまったのかもしれない。


もう、傷つくのはイヤだったから……。


「せめて、何時の船に乗るかだけでも尋ねておけば良かったかしら……」


思わずポツリと言葉が漏れたその時。


――コンコン


扉のノック音が部屋に響き渡った。


「あら? こんなに朝早く誰かしら?」


訝しげに思いながら扉に向かい、ドアアイから外の様子を伺い、目を疑った。


「え? レオナルド様?」


扉の前に立っていたのはレオナルドだったのだ。こんなに朝早くから来るなんて何かあったのだろうか?


慌てて扉を開けると、レオナルドが挨拶してきた。


「おはよう、レティ。朝早くから訪ねて、すまない」


「おはようございます、レオナルド様。それは大丈夫ですが……一体どうされたのですか?」


「シオンがまた帰国するのは知っているよな?」


「はい。昨日、シオンさんから聞いていますから」


「シオンは8時の船で出向するんだ。一緒に港に行って見送りしよう」


「え? でも……」


シオンさんは私に何も話してくれなかった。それなのに見送りに行っても良いのだろうか?

躊躇っていると、レオナルドが尋ねてくる。


「どうしたんだ? レティ。シオンの見送りに行きたくないのか?」


「いいえ! そんなことありません!」


首を振って激しく肯定すると、レオナルドがクスリと笑った。


「行きたいんだろう? だったら遠慮することはないじゃないか」


「はい……そうですね」


思わず顔が赤くなり、俯く。


「それなら俺は馬車の中で待っているから準備が終わったら来てくれ」


「分かりました」


私の返事を聞いたレオナルドは、頷くと馬車へ戻っていった。


「急いで準備しなくちゃ」


すぐに後片付を終わらせると、出かける準備を始めた。



――15分後


私とレオナルドは馬車に揺られていた。


「お待たして、すみませんでした」


向かい側に座るレオナルドに謝罪する。


「いや、そんなことはないさ。思っていたより早かったじゃないか。今朝も早起きしたのか?」


「……はい、そうです」


本当のことを言えば昨夜はシオンさんの話がショックで、あまり眠ることが出来なかった。


「レティ、シオンが今日この島を出ることを知っているなら何故見送りしたいと言わなかったんだ?」


「それは……お見送りしたいなんて申し出、図々しいと思ったので……」


スカートをギュッと握りしめた。


「シオンがレティのことを迷惑だなんて思うはずないだろう? だったら、初めからハーブ菜園の手伝いだって頼んでこないさ」


私はてっきり、アルバイト先がまだ決まっていない私に気を使ってくれているのだとばかり思っていた。


「シオンだって、きっとレティが見送りに来てくれたら嬉しいと思うに違いない」


「本当に……そうでしょうか?」


「ああ、そうに決まっている」


そしてレオナルドは笑みを浮かべた。



****



――7時40分



 私とレオナルドは港に到着した。


港には何隻もの大型蒸気船が停泊しており、船に乗り込む人々で溢れかえっている。


「こんなに大勢人がいて、捜せるでしょうか?」


「多分大丈夫だろう。シオンが乗る蒸気船は知っている。行こう、レティ」


手を繋いでくるレオナルド。


「あ、あの」


「人混みではぐれるといけないからな。我慢してくれ」


「いえ、そんな我慢なんて。お気遣い、ありがとうございます」


「……それじゃ、捜しに行こう」


レオナルドが私の手を引いて歩き出す。


「はい、レオナルド様」



返事をすると、レオナルドの握りしめる手に力が込められた―――

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