14 シオンさんからの話

「レティシアのお陰で、良い種を購入することが出来たよ」


花屋を出ると、シオンさんが笑顔でお礼を述べてきた。


「いいえ、そんな。私はただ自分が欲しかったハーブを選んだだけですから」


シオンさんが購入したハーブの種は「ゼラニウム」。美しい花を咲かせるので、以前から部屋に飾ってみたいと思っていたハーブだった。


「そうだったのか……それじゃこの種、分けてあげるよ」


「い、いえ。大丈夫ですよ。そのハーブの種は大学で育てるのですよね?」


「そのことなんだけど……」


すると何故かシオンさんの顔が曇る。


「……シオンさん? どうかしましたか?」


「レティシア。……まだ時間大丈夫かな? 少し話したいことがあるんだけど」


「ええ。大丈夫です」


シオンさんとまだ一緒にいられるなら、少々遅くなっても構わない。


「良かった。すぐそこにある喫茶店に行かないかい?」


「はい」


そこで私とシオンさんは喫茶店へ足を向けた――




****



「……それで、お話というのは何でしょうか?」


ハーブティーを飲みながら私は向かい側の席に座るシオンさんに尋ねた。


「レティシアにはまだ詳しく話していなかったよね。この間、俺が郷里へ帰ったときのことを」


コーヒーを一口飲むシオンさん。


「確かシオンさんのお話では、もうすぐ大学が始まるので御家族とお話があるということでしたよね?」


「そのことだけど……実は他にまだ別の理由があったんだ」


シオンさんの口調が重い。何故だろう……? 何か不吉な予感がする。


「その理由、私がお聞きしてもよろしいのでしょうか?」


躊躇いがちに尋ねてみた。


「うん、そのためにレティシアを誘ったからね。それに……レオナルドは既に話してある」


「お二人は親友ですものね」


「そう。レオナルドは大切な友人だ。今まで親友と呼べる存在はいなかったんだ。この大学へ入学して本当に良かったと思っている。何しろ国にいた頃は誰かを利用したり、貶めようとする者たちばかりだったからね」


「シオンさん……」


まさかシオンさんから、こんな話を聞かされるとは思ってもいなかった。


「あ、ごめん。話がそれてしまったよね。あの時、国に帰ったのは父の具合が悪いから帰国して欲しいって連絡があったからなんだよ」


「そうだったのですか? それでお父様は大丈夫だったのですか?」


「それが、俺を呼び寄せるためについた嘘だったんだよ。だけど、身体が弱っていたのは事実だった。それで家族から色々言われたよ。大学をやめて戻ってくるつもりはないのかって」


「え!」


シオンさんの言葉に血の気が引く。大学をやめるだなんて……!


「当然断ったよ。どうしてもこの島の大学を卒業したいからね。家族には猛反発されたけど強引に島に戻ってきてしまったんだよ」


「……色々大変だったのですね」


まさか、家族から『アネモネ大学』に通うことを反対されていたなんて思いもしていなかった。


「だけど、また家から連絡があったんだ。父の体調が思わしくないって。しかも今回は本当のようだった。それで、明日急遽帰国することにしたんだ。この種は、家の庭に植えてみようかと思って買ったんだよ。何しろあの家には……自分が好きな花壇がないからね」


「そ、そうなのですか」


そんな……! また国に帰ってしまうなんて……!

テーブルの下で自分の両手を強く握る。


「今度はいつ戻ってこれるか分からないけれど、菜園の世話の心配はしなくて大丈夫だよ。薬理学部の仲間たちがいるからね」


笑顔を見せるシオンさん。


「はい。分かりました……どうぞお気をつけて行ってきて下さい」



どうしようもない寂しさを感じ、それだけ告げるのが精一杯だった――





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