13 意外な来店客

――午後4時



「どうしたの? レティシアさん。今日は何だか元気がないようだけど?」


店内の客が帰ったところで、ヘレンさんが声をかけてきた。


「え? そ、そうですか?」


「ええ。昨日は元気があったのに、今日は覇気が無いというか……もしかして昨日のアルバイトで疲れちゃったのかしら?」


「いいえ。疲れてなんかいません。大丈夫ですから」


心配させないように笑顔で返事をする。


「そう? でも、昨日レティシアさんの知り合いのお客様が来店してから何だか様子が変よ?」


「ヘレンさん……」


「私はレティシアさんより年上だし、少しだけ人生経験が長いわ。もし悩み事があるなら相談に乗るわよ?」


じっと見つめてくるヘレンさん。その顔は本当に私を心配しているように見えた。

ヘレンさんになら私の悩みを相談してもいいかもしれない。


「あの……聞いて頂けますか?」


「ええ。何でも聞くわ」


頷くヘレンさん。そこで私は祖父母とレオナルドの話を相談した。

グレンジャー家に養子として引き取られたこと、そして同じ養子であるレオナルドとの婚約の話を提案されていることを。けれど、私にはその気になれないことを全て。


途中、お客さんが来店して中断されたりもしたけれど最後まで話し終えることが

出来た。


私の話を聞き終えたヘレンさんはため息をついた。


「そうだったのね……だから、昨日のお客様の前で『お兄様』と言ってたのね」


「はい……私とレオナルド様は少々複雑な関係だったので。それに、家を出て祖父母と養子縁組をした背景を話すのもどうかと思ったからです」


「その気持、分かるわ。誰だって、あまり公にしたくない事情があるのだから。だけど、やっぱり兄妹の関係では無かったのね。私の目にはそんなふうには見えなかったから」


「そうなのですか?」


「ええ。だって、レオナルドさんは……」


ヘレンさんがそこまで口にした時――



カランカラン


店のドアベルが鳴り響いた。


「「いらっしゃいませ」」


ヘレンさんとカウンターから声をかけると、陳列棚の奥からお客様の姿が現れ……。


「え?」


思わず目を見開いてしまった。なんと来店してきたのはレオナルドとシオンさんだったからだ。


「レオナルド様……シオンさん。ど、どうして、ここに?」


驚きのあまり、声が上ずってしまう。すると先にレオナルドが口を開いた。


「今日は少しシオンと話があってね。大学へ行ってきたんだ」


「それで、レティシアがこの店でアルバイトをしていることを聞いて様子を見に来たんだよ」


シオンさんが笑顔を向けてきた。


「そ、そうだったのですか……」


まさか、2人が一緒に来店してくるとは思わなかった。するとヘレンさんが私に尋ねてきた。


「レティシアさん、こちらのお客様とはお知り合いなの?」


「はい、同じ大学の先輩です」


「はじめまして。シオンといいます」


シオンさんがヘレンさんに挨拶する。


「私はヘレンと申します。この店のオーナーです」


そして次にヘレンさんは私を見た。


「レティシアさん、今日はもう上がっていいわよ」


「え? でもアルバイトの時間はまだですけど……」


「いいのよ。どうせ後10分で時間だもの」


「でも……」


するとレオナルドが会話に入ってきた。


「いいじゃないか、レティ。オーナーさんの言葉に甘えれば」


「レオナルド様……」


「ええ、そうよ」


頷くヘレンさん。


「すみません、それではお言葉に甘えさせて頂きます」


そして何気なくシオンさんをチラリと見る。すると私の視線に気づいたのか、ニコリと笑みを浮かべた。


「!」


思わず顔が赤くなりそうになり、慌てて顔を背けた。


「そ、それでは私物を取ってきます」


「なら、シオン。俺たちは先に外に出ていようか」


背後でレオナルドがシオンさんに話しかけている声を聞きながら、私は店の奥に私物を取りに行った。


「驚いたわ……まさか2人が一緒にお店に来るなんて……」


ショルダーバッグを肩からかけて店に戻ると、ヘレンさんだけが店内にいた。


「荷物を取ってきたのね?」


私の姿を見ると話しかけてくる。


「はい、すみません。まだアルバイトの終了時間前なのに」


「いいのよ。だって、この時間に店に来たということはレティシアさんを迎えに来たからでしょう?」


「そう……なのでしょうか?」


ヘレンさんの言葉に首を傾げる。


「ええ、そうに決まってるわ。ほら、お待たせしているのでしょう? 早く行ってあげたら?」


「あ、そうですね。すみません、それではまた来週、よろしくお願いします」


「ええ。待ってるわ」


ヘレンさんに挨拶すると、私は急ぎ足で店を後にした。



「すみません、お待たせしました」


扉を開けると、何故か店の外にはシオンさんだけだった。


「大丈夫だよ、そんなに待っていないから」


「あの……シオンさんだけですか?」


レオナルドは何処に行ったのだろう?


「うん、そうなんだよ。店の外を出た途端、『急用を思い出したから悪いけど帰らせてくれ。代わりにレティシアを頼む』と言い残して帰ってしまったんだ」


「え……? そうだったのですか……?」


一体何故急に……。

人の行き交う大通りを見つめていると、シオンさんが声をかけてきた。


「ところでレティシア」


「はい、何でしょう?」


「まだ時間あるかな? 実は今から花屋に行ってハーブの種を買いに行こうと思っていたんだ。もしよければ、一緒に選んで貰えないかい? 無理にとは言わないけど」


まさかシオンさんから誘ってくれるなんて。浮き立つ気持ちで返事をした。


「行きます。是非ご一緒させて下さい」


「それじゃ、行こうか?」


「はい」



このときの私は何も気づいていなかった。


レオナルドが私とシオンさんの2人きりにさせてくれたということに――

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