12 心配される私
その日の夕食ほど、グレンジャー家で緊張したことは無かった。
食事時間は始終穏やかな雰囲気ではあった。けれども、いつ祖父母がレオナルドの前で婚約の話を持ち出すのではないかと思うとハラハラして仕方がなかった。
食事も何処を通っているのか良く分からない。
美味しいはずなのに……味わう余裕もなかった。
「どうしたんだ? レティ。あまり食事が進んでいないようだが?」
レオナルドが真っ先に気づいて声をかけてきた。
「あら? 言われてみれば確かにそうね……まだ食事の半分も終わっていないじゃない」
祖母が私の皿を見つめる。
「レティ、もしかして具合でも悪いのか?」
心配そうに尋ねてくる祖父。
6つの目がじっと私を見つめている。……どうしよう。何て答えればいいのだろう?
「あ、あの……今日は初めてのアルバイトだったので、まだ緊張が解けなくて……それで少し食欲が無いだけです。どこも具合の悪いところはありませんから」
「何だ。それではアルバイトの疲れか?」
「それなら早く休んだほうがいいわね」
祖父と祖母が交互に声をかけてくる。別に疲れているわけではないけれども、これは退席するチャンスかもしれない。
「そうですね。明日もアルバイトがありますし、申し訳ありませんが今夜は休ませていただきます」
気詰まりな空間から早く逃げたい。席を立とうとしたとき。
「レオナルド、レティを部屋まで送ってあげなさいな」
祖母がレオナルドに声をかけた。
「はい、分かりました」
レオナルドが返事をして席を立つ。
そ、そんな……! できるだけ、レオナルドと2人きりになるのを避けているのに!
「い、いえ。1人で戻れるので大丈夫です。それにレオナルド様はまだ食事が……」
「食事なら、もうほとんど終わっているぞ?」
「え?」
レオナルドの言葉に、よく見ると食事の皿は空になっている。ただグラスにワインが残っているだけだった。
「顔色も良くないようだし、遠慮することはない。部屋まで送るよ」
優しく声をかけてくるレオナルド。そして笑みを浮かべて私たちの様子を見つめる祖父母を前に、断ることなど出来なかった。
「……はい。ではレオナルド様、お願いします」
「ああ、行こう」
私とレオナルドは祖父母に見守られながら、ダイニングルームを後にした。
「レティ」
ダイニングルームを出ると、すぐにレオナルドが声をかけてくる。
「はい、レオナルド様」
「あまり食事の席で話が出来なかったが、初めてのアルバイトはどうだった?」
そう、レオナルドは祖父母から私たちの婚約の話を提案されていることを何も知らない。……変に意識しては駄目だ。
「接客業は初めてだったので、最初は緊張しましたがアルバイトが終わる時間になる頃には楽しくなっていました」
「そうか、楽しかったか。それは良かった。レティは手芸が好きだからな。お客とも話があったのではないか?」
「ええ、そうなんです。手芸の話をすることが出来て、楽しかったです。私にはあのお店のアルバイト、あってるかもしれません」
「レティは何をやらせても、そつなくこなすからな……どんな仕事でも務まりそうだ」
「そうでしょうか……?」
優秀なレオナルドに言われると、少しだけ自信が持てる気がする。
そこまで話した時、私の部屋の前に到着した。
「レオナルド様、部屋まで送って頂きありがとうございます」
お礼を述べると、レオナルドが笑みを浮かべる。
「礼を言うのはこちらの方だ。アルバイト先はレティの家からのほうがずっと近いのに、この屋敷に来てくれたんだから。でも、何故突然来たんだ? ひょっとして祖父母から何か言われてきたのか?」
「い、いえ。私が突然来たのは、お祖父様やお祖母様に何か言われたからではありません」
そう、私がここへ来たのは……カサンドラさんにそれとなく頼まれたからだ。
「だったら、他に何か理由があって来たのか?」
「い、いえ。ただ単に、皆さんに会いたくて来ただけですから」
何故か、カサンドラさんのことはレオナルドに知られてはいけない気がする。
「そうか……それならいいんだ」
ようやくレオナルドは納得したのか笑顔になり、すぐに謝ってきた。
「すまなかった。疲れているのに追求するような言い方をして。ただ、祖父母が心配していたんだ……レティから最近連絡が無いって。だから……つい」
申し訳無さそうなレオナルドの顔を見ていると罪悪感が込み上げてくる。
「いえ。こちらこそ、中々連絡をせずに申し訳ありませんでした。ただ新しい生活に慣れるのに手一杯だったものですから」
「それは仕方ないことさ。大学生活は今までとはまるきり違うのだから。それじゃ、俺はダイニングルームに戻るよ。レティ、ゆっくり休んでくれ」
「はい、おやすみなさい。レオナルド様」
「……おやすみ。レティ」
レオナルドが去っていくのを見届けると、私は部屋に入った。
――パタン
「ふぅ……何だかとても疲れたわ……」
思わずため息が漏れる。
明日は、朝食をとったら早めにグレンジャー家を出よう。
私は、カルディナ家とは違う息苦しさを感じるようになっていた。
「この息苦しさ……レオナルド様と婚約をすれば、解消できるのかしら……」
だけど、私にはどうしてもレオナルドと婚約する気にはなれなかった。
彼は非の打ち所が無く、容姿だって完璧なのに。
このときの私は……未だ、自分の本当の気持ちに気づいていなかった――
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