11 ヴィオラからの手紙 2
ヴィオラの手紙によれば、この日彼女は駅前の繁華街に買い物に来ていたそうだ。
たまたまレストランの側を通りかかった時、脇道で怒鳴り声が聞こえてきた。何事かと思い注視すると、店の従業員と思しき2人の男性がその場にいた。そして片方の人物が一方的に相手を怒鳴りつけていたときに、セブランの名前を口にしたそうだ。
『もう、驚いちゃったわ。あんな人目のつくような場所で、セブラン! いい加減に仕事を覚えろ!! クビにされたいのか! なんて怒鳴りつけられているんだから。 余程相手は怖い人物だったんでしょうね。セブランたら、うなだれて震えていたのよ。でも、いい気味だわ。散々レティを苦しめてきたんだから。うんと苦労すればいいのよ。これで少しは大人になれるんじゃないかしら? 大学生活が始まったらまたお手紙書くわね。それまでお元気で、ヴィオラより』
手紙の最後はそう、締めくくられていた。
「セブラン……」
手紙を読み終えると、すっかり生ぬるくなった紅茶を口にし……ため息が漏れた。
「てっきり……『リーフ』の町を出たと思っていたのに……」
セブランは何故、まだあの町に残っているのだろう? ひょっとすると両親から許しを得られる日を待ち望んでいるのだろうか?
いや、そもそもおじ様とおば様は彼がまだあの町に残っているのを知っているのだろうか?
伯爵家の一人息子ととして苦労を知らずに、育ってきたセブラン。
働くのだって初めてのはずだ。それが今は生活の為に働き、叱責される日々を過ごしているなんて。……そうとう彼にとっては苦痛なことだろう。
でも私が考えたところで、もうどうしようもないことだった。
ヴィオラからの手紙を封筒に戻し、テーブルに置いた白いコースターが目に止まる。
「そうだったわ。ヘレンさんからコースターを頼まれていたのだっけ」
早速ライティングデスクからスケッチブックと色鉛筆を取り出すと、貝殻の絵を描き始めた。
「どんな貝殻がいいかしら……」
この日、私は夜遅くまで貝殻のスケッチを描き……5枚のイラストを完成させた――
****
――3日後の午前10時
今日はシオンさんと約束していた、ハーブ園の水やりの日だった。いつものように出かける準備をしていると扉をノックする音が聞こえた。
「誰かしら?」
扉の小窓から確認すると、そこに立っていたのはレオナルドだった。
「え? レオナルド様?」
驚いて扉を開けると、レオナルドが笑顔を見せた。
「おはよう、レティシア」
「おはようございます。レオナルド様……一体、本日はどうされたのですか?」
「シオンから聞いたよ。3日おきにハーブ菜園に水やりをしに行くんだって? だから俺も手伝おうかと思ってね」
よく見ると今日のレオナルドはいつもとは、シャツにボトムス姿だった。
「でも、お仕事が忙しいのではありませんか? それに水やりだけでしたら私ひとりで大丈夫ですけど?」
領主としての仕事を任されているレオナルドに手伝ってもらうのは気が引けた。
「いいんだよ。気にしないでくれ。それに気分転換もたまには必要なのさ」
「あ……」
そう言えば、レオナルドはあまり出かけることはない。大体いつも書斎で仕事をしていることが多い。
「レティシアは普段は自転車で大学へ行ってるんだろう? 今日は、俺と一緒に馬車で行こう」
「はい、分かりました」
私は笑みを浮かべながら返事をした。
……このときの私はまだ知らなかった。レオナルドが抱えていた、ある悩みを――
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