8 帰省の話
ヴィオラに手紙を出して、10日が過ぎていた――
今日も私はシオンさんと一緒に、ハーブ菜園の仕事を手伝っていた。
「レティシアが手伝ってくれたお陰で、だいぶこのハーブ菜園も種類が充実して助かってるよ」
2人で菜園に肥料を撒いていると、シオンさんが話しかけてきた。
「そう言ってもらえると私も嬉しいです」
カーン
カーン
カーン
そのとき、大学の時計台から正午を告げる鐘が鳴り響いた。
「もうこんな時間か……。肥料もまき終わったし、今日の作業はここで終わろうか?」
「そうですね、シオンさん。ところで……、今日はお昼を一緒にいただきませんか?今日、食事を用意してきたんです」
「へぇ? そうなんだ。それはありがたいな。よし、それじゃあそこの木陰のベンチで一緒に食べようか?」
「はい、シオンさん」
私は笑顔で返事をした。
**
木陰のベンチに座ると、早速私は持参してきたバスケットを開いた。中には2人分のサンドイッチが入っている。
「どうぞ、シオンさん」
バスケットごと、シオンさんに差し出すと彼は目を丸くした。
「へ〜これはすごい。美味しそうだな。いただきます」
シオンさんは手を伸ばしてサンドイッチを取るとすぐに口にした。そんな彼を私は無言でじっと見つめる。
「……うん、すごく美味しい。レティシアは貴族令嬢なのに料理が上手なんだね」
「本当ですか? ありがとうございます」
「確か、君のお母さんが暮らしたことのある家で一人暮らしをしているんだよね? ということは自炊をしているのかな?」
「はい、そうです。……実は私、カルディナ家で暮らしていた頃は全く料理が出来なかったんです。でも、この島に来ることを決めてから副料理長の空き時間に料理を教えてもらったのです。……お恥ずかしい話ですが、それ以前の私はお菓子作りすら出来ませんでした」
そのとき、ふとフィオナのことが脳裏をよぎった。彼女はお菓子作りが得意で、いつか私に教えてあげると言っていたけれども……結局その日が訪れることは無かった。
戒律が厳しい修道院でフィオナはうまくやっていけているのだろうか?
そんなことを考えていると、シオンさんが声をかけてきた。
「それで、レティシアはレオナルドに料理を作ってあげたことはあるのかい?」
「え? いえ……ありませんけど」
なぜ、ここでレオナルドの話が出てくるのだろう?
「そうなのか。それじゃ、俺が先にぬけがけしてしまったかな?」
意味深な台詞を口にするシオンさん。
「抜け駆け……? ですか?」
よくよく考えて見れば、私はレオナルドだけではなく、祖父母にも手料理を披露したことはなかった。
あんなに、お世話になっているのに……私は今まで何をしていたのだろう。
「どうかしたのかい? レティシア」
「い、いえ。そう言えば私、まだ一度もグレンジャー家の方たちに自分の手料理を食べてもらったことが無かったと思って。今度、皆さんの為に何か手作りしたいと思います」
「うん、そうだね。きっとレオナルドは喜ぶと思うよ」
「はい」
やはり、2人は親友同士なのだろう。互いのことをこうやって気にかけているのだから。
私にも親友、ヴィオラがいた。手紙の返事はまだ届いていないけれども、あの手紙に文通の申し出を書いて出している。
「ごちそうさま、サンドイッチ、とても美味しかったよ」
気づけば、シオンさんはサンドイッチを食べ終えていた。
「いいえ、お口にあったようで何よりです。それで、シオンさん。明日もお手伝いに来ればよいですか?」
すると、何故か申し訳無さそうな顔をされた。
「うん……それが、実は明日から2週間程国に帰らなければならなくなったんだ。ほら、もうじき大学も始まるだろう? そのことで家族から話があるみたいでね」
「そうなのですね。分かりました、ではシオンさんが戻るまで私が菜園のお世話をします」
「い、いや。そこまでしなくても大丈夫だよ」
「でも、水やりは必要ですよね?」
「う〜ん。でも直植えだから、そんなに頻繁にあげなくても……それじゃ、3、4日おきに水やりに来てもらえるかな? 勿論後で日当は払うから」
あくまで日当にこだわるシオンさん。それが何だか申し訳なく感じる。
やはり、早急にアルバイトを探したほうがよいだろうか?
「本当に、日当のことは気にしないで下さい。私……好きなんです」
「え? す、好き!?」
シオンさんの顔が赤くなる。
「あ……い、いえ。花壇の世話が好きなんです。だからお世話させて下さい。日当は本当にいりませんから」
いけない、言葉が足りなかった。慌ててて弁明した。
「あ、そ、そうか……うん。それじゃ今回はお言葉に甘えようかな?」
どこかホッとした様子のシオンさん。
「はい。シオンさん。任せて下さい」
その様子に、私は少しだけ寂しい気持ちを感じながら返事をした――
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