12 イメルダの罪と末路 1
思えば生まれたときからずっと不幸な人生だった。
私の母はとても美しい女性だった。本来なら美しく生まれてきたことを喜ばしく思うべきであったが、母の場合は当てはまらなかった。
生まれつき貧しい家に生まれた母は、義務教育の中等学部を卒業すると同時に地元の子爵家のメイドとして働くことを余儀なくされた。
年頃になるに連れて母は、ますます美しくなり……ついに、その家の当主に目をつけられてしまった。
当主は美しく成長した母に自分の愛人になるように迫り、もとより主人に歯向かうことの出来なかった母はやむを得ず愛人となり、お腹の中に私を宿した。
子供をもうけた母は屋敷の離れに住まわせてもらうことになったが、それからほどなくして夫人に当主との関係がばれてしまった。
夫の浮気……ましてやそれが屋敷のメイドであったことに激怒した夫人。そこで彼女は当主が不在中に、母を追い払ってしまったのだ。
二度とこの屋敷に戻って来ないようにいくらかの退職金を与えて――
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身重の身体で、行き場を亡くした母は自分に好意を寄せていた準男爵のゴードンに泣きついた。
ゴードンは母が子爵家で働き始めた頃から好意を寄せていたので、当然のごとく母を受けいれ……ふたりは夫婦となった。
やがて、母は私を出産し……そこから家族三人での生活が始まった。
母は準男爵のゴードンと結婚すればお金の苦労はしないものだと思っていたが、それは大きな間違いだった。
準男爵という名ばかりの肩書を持つゴードンとの生活はとても貧しいものだった。
子爵家当主の愛人として贅沢な暮らしを味わった経験のある母には耐え難いものだった。
そして母は私が五歳のときに、金持ちの商人の青年と恋に落ち……私を捨てて駆け落ちしてしまったのだった――
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それは私が十二歳になった頃のことだった。
「お父さん、今日もカルディナ家に仕事に行くんでしょう? 私も連れて行ってよ。自分ばかり、立派な伯爵家の屋敷に出入りするなんてずるいわ!」
庭師の父は半月ほど前からカルディナ伯爵家の庭師として働いていた。
準男爵という肩書だけの貧しい暮らしを強いられていた私は、一度でも良いからお金持ちが住む屋敷に行ってみたかった。
「分かったよ……本来なら庭師という身分の俺が子供を連れて伯爵家に行くのはまずいのだろうけど、他ならぬイメルダの頼みだ。よし、それでは一緒に行こうか?」
「ええ、お父さん」
妙に恩着せがましい言い方をする父にうんざりしながら私は笑顔で返事をした。
この愚かな親は私が心の中で、どれだけ蔑んでいるか気づいていない。
何しろ、本来なら私は子爵家の血を引く娘なのだ。
こんな貧しい暮らしを余儀なくされるような身分ではない。それなのに、この甲斐性が無い父のせいで惨めな思いで暮らしている。
娘の要求を呑むのは当然なのだから。
そして私は父に連れられ、辻馬車でカルディナ家へと向かった。
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カルディナ家の屋敷は信じられない程に大きくて立派だった。それに庭も色とりどりの花が植えられた花壇が幾つもあり、まるで公園のようだった。
「すごーい! これが伯爵家のお屋敷なのね!」
私はすっかり楽しい気持ちになって、あちこちキョロキョロ見渡した。
「イメルダや、ここはお父さんの仕事場だからあまりあちこち歩き回らないでおくれよ? お屋敷の偉い人たちにお前が見つかったらマズイから」
「はーい、分かったわ」
全く、口うるさい親だ。仮にも子爵家の血を引く私に命令するなんて。父は早速庭仕事をする準備を始めた。
そのすきに、私は父の側を離れて庭の散策をすることにした。
「ふん、誰があんな奴の言うことなんか聞くもんですか。それにしても本当に立派なお屋敷ね~」
ぶらぶら庭を散策していると、前方にある大きな木の下で私と同年代と見られる少年が本を読んでいることに気付いた。
身なりがとても立派な事から、彼がこの屋敷の子供だということが分かった。
その少年はブルーグレーの髪にヘーゼルの瞳の……とても美しい少年だった。
「なんて素敵な男の子なのかしら……」
その時、私は思った。
あの男の子を絶対に自分の物にしたい――と。
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