11 祖父母への報告、そして……
グレンジャー家に到着したの十八時半だった。
「ふたりとも、お帰り!」
「お帰りなさい、レティシア、レオナルド」
グレンジャー家に戻ると、真っ先にエントランスまで祖父母が出迎えに現れた。
「レティシア、不誠実な婚約者とは縁を切ることが出来たのか?」
祖父が心配そうな顔で尋ねる。
「はい、大丈夫です。婚約破棄することが決定しました」
「そうか、なら良かった」
笑顔で私の頭を撫でる祖父。
「ところで、ふたりとも、夕食はまだなのでしょう?」
「はい、おばあさま」
レオナルドが返事をすると、祖母はすぐに控えていたフットマンに私達の食事を用意するように伝えた。
「すぐに二人分の食事を要して頂戴」
「はい、かしこまりました」
返事をしたフットマンが足早にエントランスから去っていく。
「我々はもう夕食を済ませてあるんだ。ふたりが食事を取った後、『リーフ』での話を聞かせてくれ」
「「はい」」
祖父の言葉に私とレオナルドは頷いた――
****
その日の夜はレオナルドとふたりきりの食事だった。
「レティシア、ルクレチア様の話は俺からしようと思うんだ。それに……まだ父親のことをあまり話す気持にはなれないだろう?」
向かい側に座るレオナルドが神妙そうな面持ちで話しかけてきた。
「はい、私もレオナルド様から話して頂きたいと思っておりました。私の方から話をすればどうしても父……いえ、カルディナ伯爵を庇うような話し方になってしまうかもしれないので」
私はこれから、ずっとこの島で生きていく。祖父母の気持を優先させなければ。
「レティシア、別に俺の前で無理に父親のことをそういう風に呼ばなくてもいいんだぞ?」
レオナルドの言葉には労りを感じられた。その言葉が胸に染み渡る。
「ありがとうございます……でも親子の縁を切ると決めたのは自分の意思ですから。この呼び方でいいのです」
「分かったよ。父親との縁は切れるが、ここには祖父母も……それに俺もいるのだから。君はひとりきりじゃないからな?」
「そうですね。私には新しい家族がいますから」
「ああ、その通りだ」
笑みを浮かべて頷くレオナルド。
その後も私たちは会話を続けながら、穏やかな食事の時間は過ぎていった。
****
――十九時半
食事が終わり、私とレオナルドは祖父母が待つリビングへとやってきた。
「ふたりとも、待っていたぞ。早速、『リーフ』での話を聞かせてくれるのだろう?」
祖父の言葉にレオナルドは一瞬ちらりと私を見ると、頷いた。
「はい、では俺から経緯を説明させて貰います」
レオナルドは丁寧に話を始めた。
私の異母妹だと思われていたフィオナが実は赤の他人であり、イメルダ夫人と父は籍を入れていなかったこと。話し合いにはフィオナの父親も同席したこと。
そして……母親の死の真相をレオナルドは丁寧に説明した。
真実を知った祖母はその場に泣き崩れ、祖父は怒りを顕にした。
「何だと……! それではフランクは、少しも疑うことなくその医者の話を信じ……見殺しにしたということか!? 許せん……! 娘に毒を盛って死に追いやった男も憎いが、もっとも許せんのはフランクだ! あいつは一体今まで何をやっていたのだ!」
「そ、そんな……うっうっ……ルクレチア……なんて可哀想なの……」
怒りで身体を震わせている祖父も、嗚咽している祖母の姿を見るのも耐え難かった。
ふたりの姿がいたたまれず、罪悪感が込み上げ……気づけば謝罪の言葉を口にしていた。
「おじい様……おばあ様……申し訳ございません」
すると――
「何……? 何故お前が謝るのだ? レティシア。お前は少しも悪くないではないか?」
「そ、そうよ……あなただって、被害者でしょう? ルクレチアを……母親を失ってしまったのだから……」
祖父は私の言葉に目を見開き、祖母は涙に濡れた瞳で私を見る。
「ですが……私がもっと母を注意深く見守ってあげていれば……私が別のお医者様を探して診察をお願いしていれば、母は助かっていたかもしれないのですから……本当に申し訳ございませんでした」
謝罪の言葉を口にして改めて思った。
そうだ、父は祖父母にとっては母を見殺しにしてしまった憎い相手。その血を引く私だって憎しみの対象になるだろう。
父とは縁を切ったものの……グレンジャー家の養子にしてもらいたいなんて図々しい願いだったのかもしれない。
「レティシア、君は何も悪いことをしていないじゃないか?」
レオナルドが声を掛けてくる。
「ああ、そうだ。悪いのは、あの女とその父親だ! お前には何も非はないのだぞ?」
「そうよ、レティシア。あなただって被害者なのだから」
「ですが……私はカルディナ伯爵の血を引き継いでいます……」
祖父母が憎む、あの父の血を……
すると祖父が立ち上がり、私の側に来ると力強く抱きしめてきた。
「お、おじい様……?」
突然の包容に驚いていると祖父が語りかけてきた。
「確かにお前はフランクの血を引き継いではいるが、大切な孫だ。それに我々にだって落ち度はある。手紙の返信が全くこないことをもっと疑えばよかったのだ。お前たちの様子を見に行っていれば……こんなことには……」
「ええ、そうよ。そんな悲しいことを言わないで頂戴」
祖母の涙混じりの声が聞こえてくる。
「ありがとうございます……おじい様、おばあ様……それではお願いしてもいいですか……?」
「お願い? どんな願いだ?」
祖父が私の肩に両手を置いた。
「は、はい。私は……カルディナ家とは縁を切ることになりました。だから……私をグレンジャー家の養子にして……いただけませんか……?」
緊張で声が震える。最後の方は消え入りそうな声になってしまった。
ふたりはなんと答えてくれるだろう?
すると――
「何だ! そんなことか!? 当然のことだ。レティシアは我々の大切な娘だ」
「勿論、大歓迎よ。いえ、むしろ養子にしたいと思っていたのだから」
祖母が私を抱きしめてきた。
「ありがとうございます……おじい様。おばあ様」
嬉しさのあまり、目に涙が浮かんだその時――
「失礼いたします、レオナルド様のご友人というかたがお見えになっております」
開け放たれていた扉からフットマンが声をかけてきた。
「そうか? シオンが来たのか。通してくれ」
レオナルドが立ち上がると、シオンさんが姿を現した。手には鉢植えの植物がある。
「こんばんは。あの……お取り込み中でしたか?」
シオンさんが遠慮がちに入ってきた。
「いや、大丈夫だ。丁度話も一段落したところだし」
レオナルドが返事をするとシオンさん笑みを浮かべた。
「そうか。それは良かった。予想通り今夜月下美人が咲きそうだったから、持ってきたんだ」
「何!? 月下美人だと!?」
「月下美人ですって?」
すると祖父母がすぐに反応した。
「月下美人がどうかしたのですか?」
シオンさんが首を傾げる。
「ええ。月下美人は私と妻にとって思い出の花なのですよ。娘のルクレチアは月下美人が咲いた夜に生まれたのです」
祖父が丁寧な口調でシオンさんに語り、祖母はその言葉に頷く。
「え? そうだったのですか?」
そんな話は初耳だった。でも、私が知らなくて当然かもしれない。だって私が生まれた頃は既に母は毒のせいで……
するとレオナルドが声を上げた。
「あ、 花が……咲き始めている」
私たちはテーブルの上に置かれた月下美人に注目した。すると白い大きな蕾がゆっくりと開いていき……花の香りがますます強くなっていく。
私は息を呑んでその様子を見つめる。全員で見守る中……月下美人はついに大きく花を広げた。
「綺麗……」
完全に開花した月下美人はそれは美しい姿だった。部屋の中には花の良い香りで満たされている。
するとポツリと祖母が口を開いた。
「それにしても、こんな偶然があるのね……ルクレチアが生まれた日に月下美人が咲いて、レティシアが私達の養子になると決めた日にも月下美人が咲くなんて」
「おばあ様……」
「今日からあなたはレティシア・グレンジャーになるのよ?」
そして祖母は私の髪を優しく撫でる。
「ありがとうございます……」
その言葉に目頭が熱くなり、私は祖母に抱きついた。
優しい人達と月下美人の香りに包まれながら、この日は幸せな夜となった。
『リーフ』の人たちがどうなってしまったのか……知りもせずに――
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