2 シオンとの会話

 花屋を出た私はシオンさんに声を掛けた。


「すみません、自転車を一緒に持って行ってもいいですか?」


「自転車? レティシアさんは自転車に乗れるのかい? あ、ひょっとしてこの赤い自転車がそうなのかな?」


店の路地脇に止めた赤い自転車に気付いたシオンさん。


「はい、そうです。父に誕生プレゼントに買って貰って……友人に乗り方を教えていただきました。後、私の方が年下なのですから、どうぞレティシアとお呼び下さい」


ふと、脳裏に父とイザークの顔が浮かぶ。


「分かったよ。それじゃレティシアと呼ばせてもらうよ」


シオンさんはニコリと笑うと、再び自転車に目を移した。


「でも……そうだったのか。女性に自転車を買ってくれるなんて、理解のある人だ。それに自転車の乗り方を教えるのは容易じゃないと思う。親切な友人に恵まれて良かったね」


「え……? そういうもの……なのでしょうか……?」


シオンさんの言葉にドキリとした。


「少なくとも俺はそう思うよ。まだまだ自転車なんて新しくて珍しいものだからね。それじゃ、行こうか? この花屋の近くに喫茶店があるからそこで話をしよう」


「はい」


私は自転車のハンドルを握りしめた――



****


 私とシオンさんは喫茶店に来ていた。


「それで、私に尋ねておきたいと言うのはどのようなことでしょうか?」


向かい側に座り、アイスコーヒーを飲んでいるシオンさんに尋ねた。


「実は君のお母さんの状況について、いくつか確認しておきたくてね」


「母の状況……ですか?」


「そう。話を聞いたときは、君が実家でどのような立場に置かれていたか位しか聞かされていなかったからね。肝心の母親の情報はあまり貰えていない」


「そう言えばそうでしたね」


「お母さんは、君を産んでから徐々に精神を病んでしまったと言うけれど……すぐに発症してしまったのかな? 日常会話は出来ていたのかい?」


「そのことなんですけど……実は私、ずっと母からは引き離されて育ったのであまり詳しいことは分からないのです。それでも良ければお話出来ます」


「え? そうだったのかい? ……ごめん。変なことを聞いてしまったようだ」


申し訳なさそうに謝って来るシオンさん。


「いえ、お気になさらないで下さい。それでは私の知っている範囲内でお話をさせて下さい」


私は父から聞かされた母の話を全てシオンさんに伝えた。その間、彼は一言も口を挟まずじっと話を聞いていた。時には何か気になることがあったのか、手帳を取り出してメモを取る場面もあった。


全ての話を終えると、シオンさんが口を開いた。


「うん、ありがとう。色々参考になったよ。それにしても……イメルダの父親が怪しいな」


「ゴードンさんのことですか……イメルダ夫人の父親の……」


思えば、私が花壇の手入れをするようになったのはゴードンさんの影響だった。 


「その人物はゴードンと言うのか……まだ幼かったレティシアに母親の病気が悪化するから近付かないように忠告したのは彼なのだろう? それにイメルダとその娘がカルディナ家に入ると同時に仕事を辞めて出て行ったと言うのも引っかかる。ゴードンという人物にも会わないとならないだろうな。簡単に会えるとも思えないが……」


そう言うと、シオンさんは手帳をポケットにしまった。


「時間を取らせて悪かったね。そろそろ俺は大学に戻るから店を出よう。明日八時半にまた港で会おう」


明日、九時に出向する『リーフ』行きの蒸気船に乗ることが既に決まっている。


「はい。分かりました」


ふたりで店を出ると、その場でシオンさんは「またね」と言って去って行った。


「さて、私も行きましょう」


父のお土産を買うために、ギフトショップへ足を向けた――

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