40 新しい生活に向けて
馬車がグレンジャー家に到着した。
レオナルドの手を借りて馬車から降りると、丁度タイミングよくイザークが門扉を潜り抜けてこちらへ向かって歩いてきた。
「あ、お帰りなさい。イザーク」
「俺達も今帰って来たところなんだ」
「レティシア……」
イザークは一瞬ハッとした様子で私とレオナルドの手元を見た。何故手元を見つめているのか、視線を辿ると私とレオナルドの手が繋がれている。
「御苦労だった」
レオナルドは私から手を離して御者に声を掛けると「はい」と頷き、馬車は走り去って行った。
「レティシア、丁度都合がいい。イザークにあの話、伝えたらどうだ?」
次にレオナルドは私に声を掛けてきた。
「ええ。そうですね」
「それじゃ、俺は仕事が残っているから部屋に戻っているよ」
「はい、ありがとうございました」
レオナルドにお礼を述べると、彼は屋敷の中へと姿を消した。そしてその場に残る私とイザーク。
「レティシア……レオナルド氏と出掛けていたのか?」
不機嫌そうな様子でイザークが尋ねてきた。
「ええ、そうよ」
「ふたりきりでか?」
「ええ。ヴィオラに声を掛けたけれど帰り支度で忙しいからと断られたし、イザークは出掛けていたから」
するとイザークの顔つきが変わる。
「何だって? ヴィオラが帰る!? いつなんだ?」
「いつって……花火大会の翌日だけど? まさか知らなかったの?」
「……知らない。何も聞いていない」
俯き加減で答えるイザーク。
「そうだったの……私、てっきりイザークは知っているとばかり思っていたけど」
やっぱり、ヴィオラとイザークは交際しているわけでは無かったのだろうか?
でも、何故そんなに動揺しているのだろう?
「ところで、レティシアは何処へ出掛けていたんだ? あの話って?」
「実はこの島の大学見学に行っていたのよ。イザークは知っていたかしら? 『アネモネ』島にも大学があったって。レオナルド様はそこの大学に通っているのよ。私も九月からここに通おうと思って、入学願書を貰ってきたの」
大学に通えることが嬉しくて、笑みを浮かべながら手にしていた茶封筒をイザークに見せた。
すると――
「な、何だって……? この島の大学に……通う……?」
イザークの顔が青ざめた。
「え? ええ。そうよ?」
「父親がレティシアを迎えに来たんじゃ無かったのか?」
「いえ、違うわ。でも、父に何を言われても……もう『リーフ』で暮らすつもりは無いわ。私はここが好きだから、ずっとこの島で暮らしたいの」
「そう……なのか……」
そのとき――
「レティシア、帰って来たのにまだ外にいたのか?」
屋敷の扉が開かれ、祖父が姿を現した。
「あ、おじい様。ただいま戻りました」
「戻りました……」
私に引き続き、イザークが挨拶する。
「何だ、ふたりで話をしていたのか? レティシアに話があったのだが」
「いえ、もう話は終わったので大丈夫です。すみません、俺は先に戻っています」
祖父の言葉に、イザークは返事をすると屋敷の中へ入って行った。
イザーク……一体どうしたのだろう?
「レティシア、話があるのでリビングに行こう」
「はい、おじい様」
祖父に声を掛けられた私は返事をした――
****
「どうだった? 大学の方は」
向かい側のソファに座った祖父が笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「はい、とても素敵な大学でした。私が通いたかった学部もありましたし、今からとても楽しみです」
「そうか。大学へ通うなら、この屋敷に住むのだろう?」
「え? それは……」
元々私は独立して、ひとりで暮らしていこうと思っていた。それに祖父母が用意してくれた家まである。
「何だ? 一緒には暮らさないつもりか?」
怪訝そうな顔を浮かべる祖父。
「私は元々……ひとりで暮らすつもりでしたし、折角家までプレゼントしてくださいましたから、できればあの家で暮らそうかと思っています」
「そうなのか……? だがひとりぐらしは色々大変だぞ? ここで暮らしていけば苦労もしなくて済むぞ? だいたいお前は……その、グレンジャー家の伯爵令嬢なのだから。それに大学へはどうやって行くつもりだ?」
「自転車で行くつもりです。私、あの自転車が好きなんです」
そう、生まれて初めて父からプレゼントしてもらった品物だから……
「けれど、雨の日は……」
「雨の日なら、グレンジャー家の馬車を使えばいいでしょう? 俺がレティシアを迎えに行けばいいのですから」
そこへ突然レオナルドの声が聞こえると、いつの間にかリビングに彼の姿があった。
「レオナルド、聞いていたのか?」
祖父が眉をしかめる。
「聞いていたも何も、扉が開いていましたよ? 通りかかったらたまたま会話が聞こえてきたので」
そしてレオナルドは私に視線を移した。
「どうせ俺も大学へ通っているんだ。しかもあの家は大学へ行く途中にあるわけだし。おじい様、あまり引きとめてはレティシアが困ってしまいますよ? どうしても一緒に暮らしたいなら、予定を決めればどうですか? 例えば週末はこの屋敷で過ごすという具合に」
「それは良い考えですね。いかがでしょうか? おじい様」
レオナルドの意見はとても素晴らしいように思え、祖父に尋ねた。
「むぅ……ま、まぁレティシアがそう願うなら、これ以上私から何も言うことは無いが……」
祖父も承諾してくれた。
こうして、私は大学へ入学した後の見通しを立てることができたのだった。
――その後
ヴィオラとイザークのぎくしゃくした雰囲気をヒシヒシと感じながら時は流れ……
ついに、夜のフェスティバルが幕を開けた――
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