41 フェスティバル 前編
十八時――
「うん。やっぱり私の見立ては正しかったわね」
ブラシを置いたヴィオラが満足そうに頷く。
「そ、そう? こういう服を着るのは初めてだから……何だか恥ずかしいわ。しかもお化粧なんて……だって、ただのフェスティバルでしょう?」
鏡の前にはいつもとは違う私が映りこんでいる。ハーフアップした髪に、貝の小さなイヤリング。おしろいを縫って、紅をさした自分の顔……
まるで別人だ。
それにフワリと広がる水色のシフォンワンピース。このワンピースは今日、ヴィオラと一緒に買い物に行って選んだ服だった。このような大人びた服も今まで着たことは無かった。
「何言ってるの? お化粧と言ってもほんの薄化粧でしょ? 大体レティは綺麗なんだから、お化粧しないのは勿体ないわ」
鏡の中の私にヴィオラが話しかけてくる。
「そんなことないわ……だってセブランは……」
不意にセブランのことが脳裏に浮かんだ。
フィオナは私のような暗い色の髪では無いし、とても綺麗だ。そんなフィオナにセブランは惹かれて、ふたりは……
「何言ってるの? セブランとは婚約破棄するんだから、もうどうだっていいじゃない。レティシアは美人よ? だから……は……」
不意にヴィオラの声が小さくなって、最後の方は聞き取れなかった。
「え? 今、何て言ったの?」
思わず振り返ると、ヴィオラはニコリと笑った。
「いいえ、何でも無いわ。でも本当に良く似合ってる。とても綺麗よ、レティシア」
「ありがとう、ヴィオラもとても綺麗よ」
今夜のヴィオラは白地に青い水玉模様のワンピースを着ている。その姿はヴィオラに良く似合っていた。
「それじゃ、そろそろ行きましょうか? ふたりとも外でもう待ってるかもしれないから」
部屋を出ようとすると、ヴィオラに呼び止められた。
「待って、レティ。あのね、後でレオナルド様をお借りしてもいい? お土産屋さんに連れて行って貰いたいの。その間、イザークをお願いね」
「え? だったら一緒に行くわよ?」
するとヴィオラが首を振った。
「それはダメ。イザークには知られたくないのよ。ね? いいでしょう?」
その言葉にピンときた。もしかするとヴィオラはイザークに内緒でプレゼントを買いたいのかもしれない。
「ええ、分かったわ」
「ふふ、ありがとう。それじゃ行きましょう」
ヴィオラは楽し気に笑った――
****
フェスティバル会場に向かう馬車の中、向かい合わせに座ったレオナルドが私たちに声を掛けてきた。
「ふたりとも。その服、良く似合ってるじゃないか。いつもとは雰囲気が違って何だか新鮮に感じるよ。フェスティバルを相当楽しみにしていたんじゃないのか?」
レオナルドがにこやかに声を掛けてくると、すぐにヴィオラが返事をした。
「ありがとうございます。ふたりで服を選びました」
「あ、ありがとうございます」
あまり人から褒められたことが無かったので、つい頬が赤くなる。
「イザークもそう思うだろう?」
先程からずっと無言のイザークにレオナルドが声を掛けた。
「え? あ、ああ。いいと思います……」
一瞬、イザークは私を見るとすぐに視線を逸らせる。
「レオナルド様も今日はいつもとは違う服装ですね」
ヴィオラがレオナルドに尋ねる。普段の彼は白いYシャツにタイを結んでいるが、今夜の彼は襟の無いシャツを着ている。
イザークはいつもと変わらない服装だった。
「フェスティバルの日位は、平服の方がいいだろ?」
「それもそうですね」
ヴィオラは笑う。
その後……たわいもない話をしながら馬車はフェスティバル会場へと向かった――
****
馬車を降りると、もうそこはフェスティバル会場で多くの人々で町中は溢れかえっていた。
「すごい人だな。このフェスティバルが目的で観光に訪れる人々もいるくらいだからな」
レオナルドが辺りを見渡しながら私たちに教えてくれた。
「後三十分で花火が打ちあがる。それまでは……」
するとヴィオラが突然レオナルドに声を掛けた。
「レオナルド様、私お土産を買いたいので付き合って頂けますか?」
「え? あ、ああ。いいだろう。それじゃ皆で……」
「いえ。私の買い物にふたりを巻き込むのは悪いので私たちだけで行きませんか? いいわよね? レティ」
ヴィオラが私の方を振り向く。
「ええ、いいわ。レオナルド様、ヴィオラをよろしくお願いします」
私の言葉に一瞬、レオナルドは驚いた様に目を見開くが……次の瞬間フッと笑った。
「ああ。分かった。それじゃ待ち合わせを決めて置こうか? 三十分後、ここで会おう。もし会えなかった、花火が終わる二十時にこの場所で落ち合おう」
その言葉に背後にいたイザークから「え?」という言葉が漏れるも、私は返事をした。
「はい、分かりました」
「よし。それじゃ、また後で」
「またね。レティ」
「ええ。また後で」
レオナルドとヴィオラが去って行く。ヴィオラはイザークに何をプレゼントするのだろう……?
ふたりの後姿を見送っていると、背後にいたイザークに声を掛けられた。
「あ、あの……レティシア……」
「それじゃ、私たちも行きましょうか?」
振り返ってイザークを見る。
「あ、ああ……そうだな」
返事をしたイザークの頬は……ランタンの下で赤く染まって見えた――
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