11 フランク・カルディナの過去 1

 私――フランク・カルディナはカルディナ家のたったひとりきりの跡継ぎとして、厳しく育てられた。


そんな私は父と母からもまともに愛情を貰ったこともなく、家庭教師をつけられ勉強三昧の日々を送っていた。

そのため、すっかり人付き合いが苦手になってしまい、親しい友人も出来ずに、寂しい子供時代を過ごし……ある願望を抱くようになっていた。




そして十二歳の誕生日を迎えた日――



****



「何? 今年の誕生日は犬が飼いたいだと?」


書斎机に向かう父が僕をジロリと睨みつけてきた。


「は、はい……父上……だ、駄目でしょうか……?」


父の威圧的な視線に耐えながらお願いした。


「なぜ犬が欲しいのだ? 今まで一度も誕生日に何も欲しがらなかったくせに……だから今年もお金を振り込もうかと考えていたところだったのだがな」


毎年、父は僕の誕生日に通帳にお金を振り込んでいた。特に欲しいものは何も無かった僕の通帳はお陰でかなりの額になっていたけれども……少しも嬉しくはなかった。

僕が本当に欲しいものはお金では買えないものだったからだ。


「あの、だ、駄目でしょうか……? 世話なら僕がしますし、勉強も今まで以上に頑張るので……」


友人がひとりもいなかった僕はせめて、犬が欲しかったのだ。一緒に遊べるような、寂しいときに寄り添ってくれるような存在が……


「犬か……」


父がため息をつく。……やっぱり駄目なのだろうか? 俯いたそのとき――


「分かった、いいだろう」


「え? ほ、本当……ですか?」


「ああ、本当だ。ただし、きちんと世話をするように。後……何か犬のことで問題を起こした場合は……そのときは処分させてもらうからな?」


父は僕を鋭い眼差しで睨みつけてきた。


「え……しょ、処分……て……?」


ま、まさか……殺すってことだろうか……?


「何だ? 何か文句でもあるのか?」


「い、いえ。ありません」


「そうか、ならお前の口座に犬の購入代金を振り込んでおこう。そのお金で自分の好きな犬を買ってくるといい」


「分かりました。ありがとうございます!」


早速、僕はその日のうちに町のペットショップで真っ白なオスの子犬を飼ってきた。


名前は『ノクス』と名付けた。

そしてこの日から僕とノクスが一緒に暮らす日々が始まった――




****



 ノクスを飼い始めて、もうすぐ1年が経過するという頃――



「ほら! ノクス! 取ってこい!」


僕とノクスはいつものように庭の芝生でボール投げをして遊んでいた。飼い始めたばかりのノクスはまだ小さな子犬だったけれども、今ではすっかり大きな犬に成長していた。


「ワン!」


ノクスはボールを加えると、尻尾をフリながら僕のほうへ駆けてくる。


そのとき――


「おぼっちゃまー! フランクおぼっちゃま!」


庭師のゴードンさんが女の子を連れて僕の方へやってきた。その女の子を見た途端、僕は嫌な気分が込み上げてくる。


何故なら……


「イメルダ……」


「フランク様ー! 今日も遊びに来てしまいました!」


少女は手を振りながら僕の方に笑顔で駆け寄ってくる。

彼女の名前はイメルダ。最近この屋敷で働き始めた庭師のゴードンさんの娘だ。

一度偶然庭でノクスと遊んでいたところ、イメルダがゴードンさんに連れられて庭に現れ、僕たちは初めて出会った。


それ以来、彼女は何かにつけて屋敷に遊びに来るようになって僕につきまとうようになっていたのだった。


「あ……いらっしゃい、イメルダ」


イメルダは可愛い女の子だったけれども、僕は正直彼女が苦手だった。


すると……


「ウウ〜……」


いつもならおとなしいノクスが突然イメルダに向かって唸りだした。


「きゃ! まただわ!」


威嚇されたイメルダは怯えて、ゴードンさんにしがみついた。


「あ! ご、ごめん! ノクス、唸るのはやめなよ!」


僕はノクスの背中を撫でながら不思議に思った。

何故だろう? いままでノクスはこんなふうに誰かに唸ったことがないのに?


「イメルダ、怖がらんでも大丈夫だ。フランク様が一緒なのだからな」


そして次にゴードンさんは僕を見た。


「すみません、フランク様。娘がどうしてもあなたに会いたいと言って聞かないので連れてきてしまいました。申し訳ありませんが、今日もよろしいですか?」


「あ……は、はい。いいですよ……」


いくら使用人でも、相手は僕よりもずっと上の大人。とてもではないけれど、嫌だとは言えなかった。本当は彼女とは一緒にいたくはないのに。


「ありがとうございます、ではイメルダよ。フランク様をあまり困らせないようにな」


それだけ言うとゴードンさんは去っていった。


「全く……やっと行ってくれたわ。あの人」


ゴードンさんがいなくなると、とたんにイメルダは態度が悪くなる。


「やめなよ。仮にもお父さんに向かって、あの人なんて言うのは」


するとイメルダは口を尖らせる。


「だって、お父さんがしっかりしないから私も家族も困ってるんですよ。仮にも我が家は準男爵家なのに、家は貧しくて……その点、フランク様は羨ましいです。伯爵家でこんなに立派な家に住めて……」


「ウウ〜……」


その間にもノクスはイメルダを威嚇するのをやめない。


「な、何よ……! この犬……! ねぇ、フランク様。この犬、何処かへ連れて行ってくださいよ! こんなに唸られたらゆっくりお話出来ないじゃないですか!」


そしてイメルダは腕を振って、大きくシッシッと追い払う仕草をした次の瞬間――


「ウオン!!」


ノクスが大きく吠え、イメルダに向かって飛びかかった――





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