12 フランク・カルディナの過去 2

 それは一瞬の出来事だった。


「キャアアア!!」


悲鳴を上げる、イメルダにノクスは容赦なく襲いかかる。僕よりもすっかり身体が大きくなったノクスを止められることなんて、僕には出来なかった。


「イヤアアア!! い、痛い!!」


イメルダの悲鳴が響き渡る。ノクスはイメルダの左腕に噛み付いたのだ。イメルダの腕から血が溢れ出る。


「駄目だよ!! やめるんだ! ノクス!!」


必死で引き剥がそうと僕はノクスとイメルダの間に割って入った。すると次にノクスはイメルダの左足に噛み付いた。


「キャアアアアアー!!」


空にイメルダの悲鳴が響き渡る。


「ノクス!! やめろ! 駄目だ!!」


何故ノクスがこんなことをするのだろう? 何が起こっているのか理解できなくて、イメルダの悲鳴が、彼女の身体から流れ出る血が怖くて怖くてたまらない。


その時――


「どうした!」

「悲鳴が聞こえたぞ!」



使用人たちの声がこちらへ向かって近づいてきた。


「お願い!! 助けてよー!」


僕の叫びに使用人たちが気付き、駆け寄ってきた。


「大変だ!」

「犬が……!!」

「女の子が噛みつかれてるぞ!」


そして使用人たちの手によって、ノクスはイメルダから引き剥がされてすぐに口を縛られてしまった。

そして助け出されたイメルダは血だらけになって、意識を失っていた――




****



「お前は一体何をやっていたんだ!!」


書斎で父の怒声が響き渡る。


「ご、ご、ごめんな…さ……い……」


涙でグシャグシャになりながら、僕はひたすら謝った。


「お前は犬の飼い主なら、何故きちんとしつけをしなかったのだ!! あの娘にどれほどの大怪我を負わせたと思っている!!」


父の怒りは留まるところを知らない。

だけど、僕にだって分からなかった。今までノクスはあんなに暴れたことはない。まして、誰かに噛みつくなんて一度も無かったのに?


「あの庭師の娘は大怪我を負って、病院に一週間の入院を余儀なくされた。全く……このことが世間に知れ渡ったら、どうするのだ! 家名に傷をつけおって!」


「ご、ごめ……なさ……」


もう、僕は謝ることしか出来なかった。


「あの庭師には口止めのために、庭師の仕事から昇給させてフットマンとして働かせることにした。入院費用もさながら、慰謝料もたっぷり支払った。……全く、とんでもない迷惑をかけさせおって!」


「……」


もう、僕には何も言い返すことが出来なかった。


「……犬は手放せ。処理する」


「え!」


父の言葉に驚いて顔を上げた。処理……? まさか、処理って……?


「何だ? 何か文句があるのか? だが、当然だろう? あの犬は人を襲った、それだけで十分処理される対象になるのは当然のことだ!」


「は、はい……」


そんな……ノクス……


うつむく僕の目から涙が溢れて止まらない。そこへ声を掛けられた。


「フランク、イメルダの見舞いに行きなさい」


「お、お見舞い……ですか?」


「そうだ、お前に会いたがっている。大事な話があるそうだ」


「分かりました……」


断るなんて出来ない、出来るはず無かった。



イメルダはこの町、一番の病院に入院していた。しかも特別個室に入院している。

御見舞用の花束を持って、僕は緊張しながら部屋の扉をノックした。



――コンコン


『誰?』


部屋の中から声が聞こえてきた。


「僕だよ……フランク」


『フランク様? 入って!』


「こんにちは……」


ためらいながら扉を開けて病室に入ると、ベッドの上で左腕をぐるぐると包帯で巻かれたイメルダが目に飛び込んできた。


「いらっしゃい、フランク様、待っていたわ。あ、お花を持ってきてくれたんですね?」


イメルダが嬉しそうに笑う。


「う、うん……と、ところで怪我の方は……大丈夫?」


恐る恐る、尋ねるとイメルダは僕から目をそらせた。


「フランク様……」


「な、何?」


「フランク様の犬に噛まれた腕と足の怪我ですけど……もう傷跡は治らないって、一生残るって言われました」


「え!?」


その言葉に全身から血の気が引く。


「私……傷物になってしまいました。もう、誰のところにもお嫁にいけないかもしれません」



そして、僕をじっと見つめてきた――

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