8 残された人々 フランク・カルディナ伯爵 3
「何故、空なのだ……?」
何も入っていないクローゼットを呆然と見つめる。
「どうしてしまったのかしらね? 邪魔になって処分してしまったのかしら?」
何処か楽しんでいるようなイメルダを無視し、次に別のクローゼットの引き出しを開けようとした。
ガチャッ!
「ここにも鍵が……」
何故鍵を掛ける必要があるのだ? 疑問に思いながらも再び鍵を開けると引き出しの中を確認した。
ここにはレティシアの数少ないアクセサリーが入っていたはずなのが、やはり空になっている。
「何故……」
ポツリと呟くと、背後からチャールズが声を掛けてきた。
「そう言えば、旦那様……ここ最近、頻繁にレティシア様が何か荷物を持って自転車で出かける姿を使用人たちが目撃しておりました」
「何だって? ……自転車で?」
その言葉を聞いた時、あることに気付いた。
「そうだ……自転車だ……」
「あなた、自転車がどうしたというの?」
尋ねて来るイメルダを無視し、私は急いで部屋を出た。倉庫にはレティシアの自転車が置いてあるはずだ。
「何よ! あなた! 返事くらいしたらどうなの!」
背後でイメルダのヒステリックに喚く声が聞こえていたが、今はそれどころではない。私は駆け足で屋敷の外に建てられた倉庫へ向かった――
「そ、そんな……」
カンテラを持って倉庫に足を踏み入れたものの、そこには本来あるべきものが消えていた。レティシアの赤い自転車がなくなっていたのだ。
突然の大学入学届の取り消し、部屋から消えた服にアクセサリー。そして愛車である自転車の消失‥‥…
これだけ条件が揃っていれば、考えられるのはただ一つ。
計画的な家出だ。
「まさか、レティシア‥…」
いや、まだ家出と決めつけるのは早い。
とりあえずパーティーは終わったのだ。セブランの馬車が屋敷に戻って来るのを待つことにしよう。
私は重い足取りで倉庫を出た。
「おや?」
倉庫を出ると、丁度屋敷の前にセブランの馬車が止まっていることに気付いた。扉の前にはイメルダも立っている。
「レティシア!」
娘の名を呼び、馬車に駆け寄った。すると、馬車の扉が開かれてフィオナとセブランが降りて来た……が、そこにレティシアの姿はない。
一体……どういうことだ……?
「あら、あなた。何処へ行っていたのよ」
こちらを向いて立っていたイメルダが真っ先に私の姿に気付いた。
「あ、お父様。ただいま戻りました」
フィオナが笑顔で挨拶する。
「こんばんは、伯爵様」
セブランが挨拶してくるが、その姿はどこか落ち着きがない。
「セブラン…‥レティシアはどうしたのだ?」
なるべく怒りを抑えながら尋ねた。
「あ、あの……それが……レティシアがいなくなってしまったみたいなんです……」
「いなくなった? それは一体どういうことだね?」
両手をぐっと握りしめながらセブランを見る。するとそこへフィオナが割って入って来た。
「待ってください、お父様。セブランは何も悪くありません。レティシアが勝手にいなくなってしまったのですよ? 私達、パーティーが終わってもずっと待っていたのにいつまでたっても戻って来ないので、やむを得ず帰ってきたの」
「ずっと待っていた? 探したりはしなかったのか?」
苛立つ気持ちを抑えながら、二人を交互に見た。
「そ、それは‥‥…」
言葉を濁すセブランに対し、フィオナは何食わぬ顔で語った。
「お父様、それには理由があるのです。私達の代わりにレティシアの二人のクラスメイトが探しに行ったわ。皆でパーティ会場からいなくなってしまったら戻って来たレティシアを見つけられないでしょう?」
フィオナが「お父様」と呼ぶだけでも不愉快なのに……この二人はレティシアの行方を捜そうともしなかったのか?
私はセブランとフィオナを交互に見た。
「……ところで、二人とも。その姿は何だ? どう見ても揃いの衣装に見えるぞ?」
セブランは私の怒りに気付いたのか、顔を青ざめさせて身体を震わせている。
するとイメルダが口を挟んできた。
「あなた、やめてくださいな。セブラン様を追求するのは。私がフィオナに指示したのよ。セブラン様と同じ衣装に揃えなさいって」
「何だって……!?」
何故そのような真似をしたのだと問い詰めようとし……私は思いとどまった。
そうだ。イメルダとはこういう女だ。何を言っても無駄なのだ。そのことを一番良く分かっているのは他でも無い、この私ではないか。
それに今はまだ、彼女の前で騒ぎ立てるわけにはいかない。油断させておく必要があるのだから。
「分かった。もう君は帰っていい。フィオナを送って頂いて感謝する。ところで……近いうちにご両親に私から話がしたいと伝えておいてくれるか?」
俯くセブランに声を掛けた。もうこんなに不誠実な男との婚約は解消させなければ。
「は、はい! 分かりました。そ、それでは失礼します」
セブランは慌てた様子で馬車に乗り込むと、すぐに御者に命じてその場を逃げるように走り去っていった――
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